2025年9月11日(木)「J亭スピンオフ 桃月庵白酒・柳家三三 大手町二人会」@日経ホール
演目は以下のとおり
春風亭貫いち『熊の皮』
桃月庵白酒『綿医者』
柳家三三『阿武松』
~仲入り~
柳家三三『牛ほめ』
桃月庵白酒『お見立て』
開口一番は春風亭一之輔の四番弟子、貫いち。昨年11月に二ツ目に昇進している。『熊の皮』はしっかり者の女房の尻に敷かれている甚兵衛が医者の先生からもらった赤飯の御礼の口上を言いに行く噺で、前半の“女房と甚兵衛のやり取り”と後半の“医者と甚兵衛のやり取り”の両方に笑いどころがある。桂文朝が寄席でよく演じていたのが印象的で、現行の『熊の皮』は、ほぼ文朝の型が源流と思われる。現役では三遊亭遊雀の十八番で、甚兵衛のボケを医者が喜ぶ可笑しさを強調した遊雀によってポピュラーな演目となったと言ってもいい。貫いちの『熊の皮』も先人の型を踏襲しつつ、自分なりの工夫(特に前半)を加えている。
『綿医者』はもともと上方落語らしいが長く途絶えていた演目で、若き日の柳家喬太郎が掘り起こした。21世紀に入ったばかりの頃に喬太郎が寄席でよく演じていたが、やがて喬太郎も滅多に演らなくなった。その珍品を白酒が手掛けることになったのは、今年8月のこと。白酒のWEBラジオ番組「白酒のキモチ。」の10周年を記念して3ヵ月連続で開催された落語会でゲストの喬太郎が白酒にリクエストしたもので、医者のトボケたキャラに白酒の個性を存分に注入したことで喬太郎とは異なる爆笑編に仕上がった。あまりに荒唐無稽なので「これって新作?」と思う人も多いはず。喬太郎以外に演り手がいなかったのも、よほどの力量が無ければこの噺で聴き手を引き込むことができないからだろう。だが白酒はその難題に挑み、見事に自分のネタにした。この突き抜けたバカバカしさこそ落語の醍醐味だと僕は思う。
三三が演じたのは実在した大相撲史上六代目の横綱“阿武松(おおのまつ)緑之介”の若き日のエピソードを描いた講釈ネタ。これを落語にしたのは六代目三遊亭圓生で、弟子の五代目三遊亭圓楽も演じて広まった。講釈好きで知られる三三の『阿武松』は講釈寄りの語り口で、他の噺家とは一線を画する人情噺としての深みを持たせた。かつて自らが破門した弟子に敗れた武隈の発する「強うなったのぉ……」という台詞の気持ち良さは三三ならでは。逸品だ。
痛快な人情噺で感動させた三三が二席目に演じたのは、打って変わって前座噺の定番『牛ほめ』。時事ギャグを交えてはいるが基本的には特に演出を変えることのない真っ当な演じ方でここまで楽しく聴かせる三三の力量はさすが。人情噺で引き込むのとはまた別の、滑稽噺を新鮮に聴かせる“柳家の芸”の神髄だ。
田舎から吉原に通う杢兵衛お大尽に会いたくない喜瀬川花魁が仮病を使った挙句「死んだことにしてくれ」と若い衆の喜助に頼む『お見立て』は、“嫌われてることに気づかない男の間抜けさ”がわかりやすいからか、廓噺の中でも人気演目となっている。いろんな演出がある中で、白酒の『お見立て』は師匠・五街道雲助譲りの型。杢兵衛の顔を見ただけで笑ってしまう喜助が喜瀬川に伝授された「脛の下に扇子を置いて身体を揺らしてゴリゴリやって痛みで笑いをこらえる」という秘策で笑いをこらえるのも雲助の演出だ。その可笑しさも含めていろんなポイントはあるが、白酒の『お見立て』の楽しさの根幹は杢兵衛の演じ方そのものにある。とにかく白酒演じる杢兵衛の“顔”と“声”が、破壊的なまでに可笑しい。あの杢兵衛は白酒以外の誰も真似できない“唯一無二のバカバカしさ”だ。惚れて通ってる女に嫌われているのも知らず純愛を貫く杢兵衛に同情する気持ちが微塵も起きない白酒の『お見立て』は、ある意味清々しい。今回の「J亭スピンオフ」は、三三の『阿武松』と白酒の『お見立て』という、まったくベクトルの異なる名演をいっぺんに味わうことができる、素敵な一夜だった。