「J亭スピンオフ企画 隔月替わり二人会」、3月8日(木)は「三三・一之輔」二人会。演目は以下のとおり。
立川こはる『転宅』
春風亭一之輔『風呂敷』
柳家三三『花見の仇討』
~仲入り~
柳家三三『やかん』
春風亭一之輔『寝床』
開口一番を務めたのは立川談春の一番弟子こはる。女性ながら「男前」な、キレのいい芸風の二ツ目だ。間抜けな泥棒が押し入った妾宅で翻弄される『転宅』はこはるが得意にしている演目で、泥棒に愛嬌があっていい。後半、煙草屋の主人が泥棒に真相を語る場面も一ひねりあって聴き応えがある。
お囃子の金山はる師匠が奏でる“微笑がえし”に乗って登場した一之輔は「今の若い弟子はドリフターズのメンバー名を全部言えない」に始まりコインランドリーの話題へ飛ぶ徒然なるマクラから『風呂敷』へ。知ったかぶりでデタラメな説教をする「兄さん」のキャラが素晴らしい。「女三階に家なし」の意味を「女は一階か二階までにしろという教訓、でさぁね」とまとめた後の「目からウロコだろ?」に「何それ?」と訊き返され「魚屋がバーッとおろしたときに飛んできたウロコが目の中に入っちゃってイテテー、イテテーってなって、目を洗って取れたら『あーすっきりした』って、それくらいの心持ちだろ!?」とキレ気味に説明したり、「女心の赤坂なんだよ!」と言った後に「赤坂みてぇに高いところで買い物せずに赤羽にしておけってことだよ」と説明を加えたりするバカバカしさは一之輔ならでは。「じかに冠を被らず」「おでんに靴を履かず」の説明も、内容よりその言い方がやけに可笑しい。
中でも爆笑したのは「貞女、屏風にまみえず」のくだり。「テイジョ…誰?」に兄さんが「一龍斎貞丈。お爺さんの講釈師がいるんだよ」と返したのは、明らかにその場のアドリブだ。「小柄な貞丈先生の前に屏風があると見えないんだよ。『前座さん、見えないよ』っていう芸人の悲哀だよっ!」などと言いつつ、自分でも笑いを押さえきれない一之輔。おさきが帰った後で亭主に「バーカ! 何が貞丈先生だよ!」と言う女房も一之輔ならではの豪快キャラ。素敵な夫婦だ。(笑)
ハジケまくった前半に対し、後半は押し入れの前に座ってるおさきの亭主のヘベレケ加減が物凄い。開けた押し入れの中に向かっての「男のくせに泣くな!」も一之輔らしい台詞。完全に自分のモノにした一之輔版『風呂敷』だった。それにしても、自分の思いつきに自分でウケる一之輔、さすがである。
続いては「♪春のうららの隅田川」という歌い出しが有名な“花”(作曲・瀧廉太郎)に乗って三三が登場。「今朝バリウム飲みまして…」というマクラから『花見の仇討』へ。まだ桜の時期と言うには早いが、寄席の世界では季節を先取りする傾向があり、こういう噺も実際の花見が盛んになる前に演じられることが多い。
三三の『花見の仇討』は熊さんが六さん、辰っつぁん、吉っつぁんを呼び入れて「伊勢屋の旦那に『今年こそよその町内に引けを取らない花見の趣向を考えてくれ』と言われた」と茶番を提案する、という演り方。仇役の浪人者は茶番を考えた熊自身、巡礼兄姉は辰と吉。「六十六部をやってくれ」と言われた六さんが「イヤだ」とゴネて熊が「この茶番の主役は六部だ」と説得する、というくだりも入る。
「茶番の稽古」「六部役と叔父さんの遭遇」「巡礼兄弟役と二人連れの武士」とそれぞれの場面を自然体で丁寧に演じて楽しく聴かせ、上野の山の茶番へ。朝から待ちぼうけを喰らわされてイライラしている熊が「上段から斬りかかる」という打ち合わせを忘れ、抜いた刀を横から真一文字にスーッと斬りかかったので、結果的に茶番が真に迫って見えた、という演出は見事。「江戸中の評判だ」と喜ぶ三人が、六部が来なくて困り果て、助太刀の武士が現れて逃げていくラストへと、聴き手を飽きさせることなく引っ張っていく。武士の助言どおりに斬りかかる巡礼兄弟の攻撃に浪人役の熊が「おいっ!」と慌てる場面は三三のキャラと相まって何とも可笑しい。
仲入りを挟んでキャンディーズの“春一番”に乗って登場した三三の二席目は『やかん』。「愚者」の挨拶に「先生」が難癖を付けるところから始まり、魚の名前から物の名前へ…といういつもの流れだが、この高座では魚の名前について訊く前に「貞女屏風にまみえずってのは…」と入れて笑いを取った。土瓶、鉄瓶、やかんと来て講釈の修羅場読みの調子による川中島の戦へ。「なんでそんな大きな声で一生懸命講釈やるんですか」「いま松之丞にハマってるんだ」で場内爆笑。「矢がカーン、矢がカーンでやかんになった」の後、「戦が終わって湯を冷まさず水沸かしを被ったものだから黒髪が総て抜け落ち、毛のない頭をやかん頭というようになった」でサゲ。三三からこの噺を習った若手の『やかん』に遭遇することが多いが、やっぱり“本物”は違う。
トリの一之輔は「はる師匠が“さつまさ”を好きだから」という理由で普通に自分の出囃子“さつまさ”で登場、『寝床』に入っていくと、のっけから旦那の「ドウェ~ッ!」「グゥエエエーッ!」「ウワーッ!」という発声練習の凄まじさに爆笑が巻き起こる。この声の強烈さだけで、旦那の義太夫がいかに殺人的かがハッキリわかる。この人の義太夫は絶対に聴きたくない!(笑)
長屋の連中、店の奉公人など全員が理由を付けて逃げ、猫のミケまで「義太夫を聴かせよう」と言うと「シャーッ」と爪を立てて旦那の顔をひっかいて逃げていく。「繁蔵、お前はどうだい?」と不意に話を振られた繁蔵、トボケて誤魔化そうとしたものの追い詰められ、「親孝行がしたかった…語ればいいじゃないですか…。語れよ! それで満足なんだろ! 語れよ!」と泣きながら逆ギレ。それを見て旦那が「泣きたいのはこっちだ! みんなどうせ聴きたくないんだろ! カシラは成田がどうこうって、あそこの家は代々キリスト教じゃないか!」等と喚き散らし、長屋の連中も奉公人も全員出ていけ、ミケは三味線屋に売れ、ということに…。
この後が一之輔の『寝床』のハイライトだ。「みんなで行くと逆効果だ」と一人で旦那のところへ向かった番頭が「皆さん旦那様の義太夫を聴きたがっています」と慰めるが、旦那は頭を抱えてうずくまったまま「うるさいな! 義太夫なんかもうやめたんだよ! 向こう行けよ!」とイジケまくる。その姿が無性に可笑しい。
「忙しいんだろ! 仕事しろよ! 子供産めよ!」「何言ってるんですか、仕事を終わらせていらっしゃったんだよ」「嘘だね! 開けんなよ! わかってんだよ、イヤイヤ来てるくせにっ!」と旦那は完全に駄々っ子。「もうヤなんだよ! 心が折れたんだよよ!」「それは芸惜しみですよ」「それは上手い人に使う言葉だろ! 私はどうせヘタなんだよ!」「確かに上手くはないです」「ホラ見ろ! 本心表わしたな!」「上手くはないけど……気持ちですよ」「……?」 番頭の怒濤の攻めが開始する。
「技術じゃないでしょう? そりゃあなたは素人だから上手くないに決まってますよ! でも旦那は義太夫が好きなんですよ! その旦那が語っている義太夫が我々は聴きたいんですよ! いくら上手くても商売で惰性でやってる義太夫なんて聴きたくないんだ! 旦那も好きだしその旦那が好きな義太夫を聴きたいんです!」
「……上手くないのに聴きたいの?」
「聴きたいよ! 聴かせてくれよ!」
「上手くないよ」
「わかってるよ! でも聴きたいんだよ!」
「ホントにいいの?」
「ここまで言ってるんだぜ! やれよ旦那! それでもやらないっていうんなら、アンタいくじなしだぜ。いくじなし! 負け犬だよ、アンタは! やってくれよ! 聴かせてくれよ、腹の底から!」
それでも「もう一押し足りない」という旦那に皆がミケをけしかけると、ミケが旦那のところへ行き、「ダンナノ、ギダユー、キキタイニャ~」と媚びを売り、旦那はすっかりその気になって……あとは通常の流れ。「一人で義太夫に立ち向かって蔵の中に義太夫を語り込まれた」という前の前の番頭は、今はメキシコで壁を作ってるという。(笑) 旦那が最高に可愛い、「これぞ一之輔落語の極み」という『寝床』であった。