広瀬和生の「J亭を聴いた」 J亭スピンオフ34 三三・一之輔 大手町二人会(令和6年9月分)

2024年9月19日(木)

「J亭スピンオフ 柳家三三・春風亭一之輔 大手町二人会」@日経ホール

演目は以下のとおり

桃月庵白浪『猫と金魚』
柳家三三『転失気』
春風亭一之輔『転宅』
~仲入り~
春風亭一之輔『七段目』
柳家三三『三味線栗毛』(『錦木検校』)

開口一番を務めた白浪は桃月庵白酒の二番弟子で、二ツ目になって六年目。近年の彼はお馴染みの落語に独自の演出を施して新鮮に聞かせてくれることが多い。この日に演じた『猫と金魚』もそのひとつ。この演目は漫画「のらくろ」の作者として知られる田川水泡が昭和初期に書いた新作落語で、初代柳家権太楼が得意とし、その後様々な演者が手掛けたことでポピュラーとなり、今では古典と言っても差し支えない噺。白浪は番頭の“ボケ”にヒネリを加え、トボケた芸風と相まって何とも可笑しい。呼ばれてくる寅さんのキャラも独特で、サゲも意表を突く。今後の活躍に期待したい若手だ。

三三が一席目に演じたのは寄席などで前座がよくやる『転失気』で、落語ファンなら“耳にタコ”な演目だが、こうした前座噺も三三のような手練れが演じると新鮮に面白い。ありふれた噺を当たり前にやって面白いのが“落語が上手い”ということだと僕は常々主張しているが、この『転失気』などはまさにそれ。奇を衒(てら)うことなく生き生きと演じて落語本来の楽しさを存分に示してくれている。この噺のサゲは何種類かあるが、ここで三三が演じたものは近年よく聞く形。

『転宅』は古くからある噺で、“昭和の名人”世代だと三代目三遊亭金馬の演目として知られるが、近年では何と言っても柳家小三治が素晴らしかった。さらにその下だと古今亭志ん橋や古今亭右朝も得意とし、右朝から教わった桃月庵白酒が独特の演出で爆笑編をこしらえた。今では数多くの演者が手掛けるポピュラーな噺で、一之輔もだいぶ前に持ちネタに加えていたが、この噺を“一之輔らしい噺”にリニューアルしたのは今年に入ってから。全編“一之輔ならでは”の台詞に満ち満ちている。この日に演じた『転宅』の演出を僕は今年五月に初めて聴き、ある“意表を突く台詞”に「そう来たか!」と大爆笑。その後も何度も聴く機会があったが、その都度いろんなところで“進化”を遂げて新鮮に笑わせてくれる。『転宅』をいろんな演者で聴いてきた落語ファンで一之輔の『転宅』を聞いたことがない人には絶対に聴いてほしい一席だ。

芝居好きの若旦那が小僧の定吉を相手に「仮名手本忠臣蔵」の七段目の真似事をする『七段目』は上方では桂米朝が手掛けて一門の演目となった噺。東京では芸達者な噺家が広く手がけていて、春風亭小朝や春風亭一朝、柳亭市馬、三遊亭兼好といった演者は“歌舞伎らしさ”を見事に落語に取り込んで笑わせてくれる。一之輔が『七段目』を頻繁にやるようになったのはわりと最近で、歌舞伎に寄せていくのではなく“若旦那の異常なキャラ”にポイントを置いて“暴走する若旦那の噺”として演じているのが最大の特徴だ。

三三のトリネタは若き日の酒井雅楽頭、角三郎と按摩の錦木との友情を描いた人情噺で、当日の会場で終演後に貼り出された演目表では『錦木検校』となっていたが、これはむしろ“別名”で、一般的には『三味線栗毛』とされる噺。落語の演題は小説や芝居などの“タイトル”とは異なり、寄席のネタ帳に記して「この噺を誰某が演じた」ということがわかるようにするためにある符丁のようなもので、同じ噺に幾つもの演題が存在することは珍しくない。三三の独演会などでは大抵『三味線栗毛』となっているので、ここではその表記を用いることにした。意図的に『錦木検校』の演題で通しているのは柳家喬太郎で、通常の『三味線栗毛』とは異なる哀しい結末を迎える。

この日の「J亭」で三三が演じたのはオーソドックスな型で、病床にある錦木に角三郎の出世を伝える大家の台詞が実にいい。そして、それを聞いた錦木が酒井家の上屋敷を訪ねて行く場面では程よく笑いを交え、二人の再会が爽やかな感動を呼ぶ。“三味線”にまつわる後日談は雅楽頭と錦木との会話という設定にしてサゲへ。なんとも心地好い余韻を残す痛快な一席。明治時代の名人、四代目橘家圓喬の『三味線栗毛』が絶品とされたというが、現代には三三の『三味線栗毛』がある、と言いたくなる。

なお、三三の兄弟子の柳家喜多八は喬太郎と同じ結末に至るタイプの『三味線栗毛』を、独自に考案したサゲで演じていた。三三も当初は喜多八から教わった型でやっていたが、ある時期から現行のハッピーエンドに変えている。そんな三三が、喜多八オリジナルのサゲのフレーズをさりげなく錦木の台詞に紛れ込ませているのは、喜多八ファンには嬉しい趣向だ。

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