この原稿を書いているのは、7月末でございます。
記事が掲載されているころは「オリンピックロス」という言葉がはやっていそうだなぁと思っておりますがいかがでしょうか?
いろんな意見は一旦抜きにして、開会式に始まり選手たちの頑張る姿に勇気や感動を頂いたのは僕だけではないはず!
しかし! そんな熱い戦いの裏で、これまた熱い漢(おとこ)たちがいたのです。
今日はそんなお話。
最高気温は33度。強い日差しが浴衣を着たご婦人のうなじを突き刺しているそんなある日。僕は浅草におりました。昼席の出番終わりで演芸場を後にすると時間はちょうどランチタイムです。
「さー! 何を食べよう!」と、いつもなら思うところではありますが、この暑さだとどうも食欲が湧きません。いや、すみません。言いすぎました。僕に限って食欲が湧かないなんてことはないわけでございますが、まぁ例えでございます。
「そうだ! サクッと蕎麦(そば)を食べよう!」とひらめきまして向かったのは、
「翁そば」
この翁そば。落語家の〝超〟行きつけのお店でございます。
おそらく落語家でこの翁そばを知らない方はまずいません。翁そばを知らずに落語家を続ける方が難しいほどです。例えるなら、日本でマクドナルドを知らずに育つのと同じくらい困難です。
浅草終わりで先輩から「蕎麦行こうか」と言われたら十中八九翁そばへ行くのですが、その日もいつものように翁そばののれんをくぐりました。
しかし、その日の様子はいつもと違ったのです。
暑い。
お店に入った途端、店員さんが駆け寄ってきて、「お客さん、すみません! 今エアコンが壊れてるんですけど良いですか?」と言ってきました。
店内には先客が3人。皆、おじさん。うちわをあおぎながら蕎麦の到着を待っています。空調の効いていない蕎麦屋は調理場から漏れる湿度もあいまって地獄そのものです。
少し迷いましたが、口はもう蕎麦を求めていましたので着席。壁に貼ってあるメニューを眺める首筋には汗が滴っています。少しイライラしながら何にしようかと考えていると、自分の中でなんらかのスイッチが入るのがわかりました。
「カレー南蛮?」
いやいやいや! ただでさえこの暑い最中、空調も効いていない蕎麦屋で頼むのは、〝冷やし〟一択だろう!
…と、理性は言っているのです。しかし。
「カレー南蛮?」
心の奥底から聞こえる声はなぜか、カレー南蛮と言っています!
いやどうする! 夏季限定でひやむぎもやっているみたいだぞ!
暑い中で食べたらうまいぞきっと! そうだ熱中症にでもなったらどうする!
「すみませーん! カレー南蛮大盛りでー!」
頼んでしまった! いや本当にいいのか? 今ならまだ間に合うかもしれないぞ!
いつも通り冷やしたぬきにしておけ! まだ間に合う!
その時でした。先にいた1人のおじさんのところに蕎麦が運ばれてきまして威勢のいい店員さんが言うのです。
「カレー南蛮お待ち!」
お前もかーー!!!
分かるよ! なんか分かるよ! 暑い中で行きたいよね! おっちゃん! 同志じゃないの!!俺だけじゃなかったー!
なんて思っておりましたら、2人目のおじさんのところにも蕎麦が運ばれてきまして、
「カレー南蛮お待ちぃ!」
あんたもかーー!!! そうだよね!! やっぱカレー南蛮だよね!! そもそも夏はカレーだしね!! もう汗かきたくて仕方ないよね!!
なんて思っておりましたら、3人目のおじさんのところにも蕎麦が運ばれてきて、
「力うどんお待ちぃ!」
何でだよ!! そこはカレー南蛮だろ!!! 惜しい! もう少しで4人ともカレー南蛮だったのに! もう少しでビンゴだったのに!!
いや、待て。これ考えようによっては力うどんの方が上級者なんじゃないか? そうだよ! むしろこの暑さだと力うどんと比べたらカレー南蛮がかわいく見えてくるよ! おっちゃん!グッジョブ!!
そのうちに僕のところにもカレー南蛮が運ばれてきたのですが、そこからの店内はもう異様な空気でございます。
妙な一体感。
一心不乱に蕎麦を口に運ぶ4人のおじさん。
表情はどことなく恥ずかしそうで、そしてうれしそう。
翁そばの蕎麦は少し太めの蕎麦です。つまり。 店内が暑い。カレーが熱い。蕎麦が厚い。これぞ漢!!
だしの効いた少し甘いがスパイシーなカレーは最高においしく、そこに蕎麦が絡んで文句なしの組み合わせ! 吹き出す汗と止まらないお箸! 薬味のネギがいい仕事をします! 食べ終わった後に飲む水がたまらなく冷たく気持ちいい!!
「ごちそうさまでした!」
結局3人のおじさんたちと特に会話はありませんでした。しかし、漢に言葉なんて要らないのです。ふと目が合ったあの時「だよな」と語り合ったような気がしました。
暑い中で熱い料理を楽しむ! これも夏の一興!
ユニクロでTシャツを買って帰ったことは言うまでもありません。