寄席の楽屋に入ると、師匠や先輩方が色々なことを教えてくれます。落語はもちろん、着物のたたみ方、太鼓のたたき方。楽屋内だけの常識、独特のルールも。
挨拶は朝昼晩いつでも「おはようございます」。
先輩が高座にあがるときは「ごくろうさまです」。
楽屋ルールは、マニュアルが決まっているように見えて、教えてくれる先輩によってマイルールがのっかっていることが多いので、どこまでがスタンダードで、どこからがイレギュラーなのかその見極めが結構大事。
A先輩に言われたことをB師匠にしたら大しくじりなんてこともしばしば。
B師匠に「A先輩にこう教わりました」と言ったら「人の名前を出すんじゃない! Aのことも怒らなくちゃいけなくなるだろ」と二重でお小言を頂戴したり。
師匠方に電話をかけてよい時間も「朝10時~夜22時まで」と先輩が教えてくれました。ですが「C師匠は、毎晩遅くまでお酒を飲んでいるから、午前中に電話をすると機嫌が悪くなる」とか「D師匠は朝5時に起きているから、10時前に電話をしないと、D師匠の方から先に連絡が来る」とか。
そんな感じなので、前座修行中の合言葉は『臨機応変』。
師匠方のお茶の好みも先輩が教えてくれます。大多数は温かい緑茶ですが、「E師匠は高座前必ず白湯(さゆ)」と申し送りがあり、私は前座のころ、E師匠に白湯を出していました。
上品なE師匠が白湯を飲んでいる姿は粋な感じがしてとてもすてきでした。
二ツ目になって、久しぶりにE師匠にお会いしたとき、お茶を飲んでいたので前座さんに「白湯じゃないの?」と聞くと「お茶でいいそうです」と言われました。
実は、いつからか「白湯」が出てくるようになって、本当は「お茶」が飲みたかったけど、10年間黙って「白湯」を飲み続けていたそうです。
きっと誰かの「臨機応変」がいつの間にかスタンダードになってしまったのでしょう。
E師匠優しすぎる。
言ってくれればよかったのに…。
楽屋の「臨機応変」は奥が深いです。
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