先日、「NHK新人落語大賞」を見た。東京は二つ目、上方は入門15年目までが出場資格を有する、若手落語家の登竜門的賞レースの老舗だ。去年と今年は生放送。一昨年は収録で「放送日まで結果は伏せてください」という局からのお願いに苦情が殺到したらしい。そらそうだ。交流サイト(SNS)全盛のこの時代に優勝したのに漏れないわけがない。
私が決勝に出た平成22年も収録で、すでにツイッターはあったけど「優勝しました」とつぶやいてもなんのおとがめもなかった(後々調べたら「いいね」が4つしかついていなかった)。3人目の子供が生まれたばかりだったので賞金がうれしかった。税金引かれてたけど。前に決勝で負けたとき、優勝した兄さんが出演者にごちそうしてくれた。戦いの後とはいえ和気藹々としてこれもうれしかった。
私が一番キャリアが浅かったのでごちそうするのはいささか出過ぎたまねとは思ったが、優勝者インタビューのあと「もしよかったら…」と楽屋に戻ると誰もいない。そらそうだよな…とひとりキャリーケースをガラガラ引きながら、NHKから原宿駅への歩道橋を渡っていると「一之輔じゃん」と声をかけられた。林家彦いち兄さんだった。
「どうしたの?」「あー、NHKで優勝しました」「とてもそうは見えないね(笑)。飲みに行ったりしないの?」「みんな帰っちゃいました」「ハハハ、じゃ1杯だけ行く?」と近くの喫茶店へ。
みんなどんな噺をやったか? 審査員からどんなことを言われたか? これからどんなことをやりたいか? …なんてなことを話しながら、30分かけてビールを1杯ずつ。「仕事あるからごめんな!」と言って兄さんは勘定を済ませて帰っていった。「早く奥さんに知らせてあげなよー」と。優勝したとかはもうどうでもよくて、正直この30分が一番記憶に残っている。
「NHK新人落語大賞」で優勝した桂三実さん、おめでとうございます。惜しくも敗れた皆さん、みんな良かったです。来年も楽しみだ。自分もまだまだ頑張らにゃ。
【直球&曲球】1杯だけの祝杯 春風亭一之輔
