【二つ目グルメ】「師匠との思い出~焼きそば編~」 昔昔亭昇

こんにちは! 落語家の昔昔亭昇でございます。約2年に渡って執筆させていただきましたグルメコラムも今回で最終回を迎えました!

たくさんの時間を皆さまと共有できて本当に楽しい時間でした! つたない文章でございましたが、お付き合いいただき本当にありがとうございました!

さて、最後のコラムですが!

気が狂うほど人を愛したことはありますか?

昔昔亭桃太郎。

僕の人生の全てをささげた人間であり、芸はもちろんのこと人生の師匠でもあります。

そんな師匠でございますから僕から師匠に直接お呼びするときは、

「師匠。」

と無駄に仰々しく、そして神々しく「師匠。」と声を出すものです。もちろん、できる環境であれば両膝と両手をついて「師匠。」と言います。

そんな師匠を一度だけ、

「師匠ぉーーーー!!!!」

と呼んでしまったときがあります。

今日はそんなお話し。

落語家である以上、前座修行をしなければなりません。寄席や地方公演の楽屋で、お茶を出したり、着物を畳んだり。それが終われば帰れるかというと、そういう訳でもありません。師匠宅にお伺いして、掃除の手伝いやお使いをこなし、やっと帰宅し稽古ができるという。そんな生活を毎日繰り返しています。

もちろん泊まりの際は師匠宅に行くことはできませんが。

僕も例外ではなく、約4年半ほど前座修行を務めたわけでございます。

3年目の春でございました。地方公演で、富山に3泊4日、帰ってきた翌日から沖縄に2泊3日、帰ってきてすぐに仙台で2泊3日。毎日打ち上げがありました(ちょっと愚痴りますね。落語家というのはお酒を飲むばかりでコース料理には全く手をつけないようなおじいちゃんばかりでございます! 結果! そぼろ丼を6杯食べたことがあります! まぁそれは置いておきまして)。

そんな1週間を過ごしたものですから疲労困憊(こんぱい)でございます。

仙台から帰ってきた翌日のスケジュールは、朝から師匠宅にお伺いした後、寄席の夜席に行くというものでした。しかし! ここであることに気づいたんです!

夜席に師匠が出演していない。

夜席に師匠が出ていないということは夜席を休んでもバレない。もちろん寄席の楽屋に師匠から電話が掛かってきたりなんかするとバレるかもしれないけど、そんなこと今まで一度もない!

身体は疲労困憊。洗濯物もたまっている! そしてきっと休んでもバレない!!

皆さんなら…、どうします?

師匠宅に向かう電車の中で悪魔が僕にささやくんです。

「休んじゃえよ。バレねーって」

もちろん、天使もささやきます!

「楽屋に電話なんか来る訳ないわ。今日はお家でゆっくり休みなさい。身体を壊すわ」

なんて葛藤をしながら師匠宅に到着しまして、お家の掃除をした後、その日はおかみさんがお出かけしていましたので、僕が焼きそばをつくることになりました。

玉ねぎを切ってる途中もやはり天使と悪魔がささやき続けます!

しかし!! 若いうちは買ってでも苦労しろなんてことも言います!!

これは今の俺にしか越えられない壁だからそれを越えてみせる!!

今日の夜席行こう!!! よし! よく言った俺!! 良いぞ! 格好良いぞ俺!!

なんてことを思いながら、お皿に盛った焼きそばをリビングに持っていこうとしたとき、気合が入りすぎたんでしょう、食洗機の角にお皿をぶつけましまったんです!

ゆっっっくりと宙を舞う焼きそば。それを受け止めようと身体を下に潜り込ませます。

気がづけばベトベトに汚れた僕のトレーナーと、床に散乱している焼きそば…。

脳裏によぎった言葉は

「怒られる」

この段階で僕の精神は壊れておりました。

なんなんだ!! 疲労困憊の中で師匠宅の掃除をするのもしんどいのに! それに加えて夜席に行こうと決意までしたのに! この仕打ちはなんなんだ!!

それでも足りず今から師匠に怒られろというのか!! どうなってんだこの世の中!!

とは思うものの、師匠に報告をしに行きました。これはもう仕方ありません。まさか床に落ちた焼きそばを師匠にお出しするわけにも行きませんから。

リビングに入ってきた僕のトレーナーが汚れていることに気づいた師匠は

「うん? それどうした?」

と聞いてきました。

「師匠。申し訳ございません。これこれこういう訳で焼きそばをこぼしてしまいました。お昼の準備をもう一度やり直しますので少々お時間を頂けますでしょうか」

それを聞いた師匠。高座で見せるあの優しい笑顔はどこへやら。

「なんで焼きそばもまともに作れないんだ!! じゃあ一体何ができるんだお前は!!」

あれは般若でした。家族を侮辱されたときの般若でした。

「申し訳ございません」

と口では言っておりますが心の中では「うるせぇくそジジィ!!」と唱えております!

「お前はいつも申し訳ございませんって! 他の言葉は知らないのか! だから太ってんだ!」

「申し訳ございません。申し訳ございません」

(このくそジジイ! 太ってるのは関係ないだろ!! てかあんたも太ってるからな!)

そんな攻防が続いた後、急に師匠が5分ほど沈黙をしました。

タバコをゆっくりとくぐらせながら宙を見ており、テレビもついていないリビングはまるで、カワズが飛び込む前の古池のようでした。

そしてついに師匠が口を開いたんです。

「本当にお前はダメだな。服もそんな汚して」

「申し訳ございません (いつまで怒ってんだくそジジイ!)」

「まぁでもなんだな。そんな汚れた格好で寄席行くわけにもいかないしなぁ」

「すみません。(仕方ないでしょ!)」

「じゃあ俺から寄席に電話してやるから。今日はもう帰れ」

「え? はい?(いや、師匠今なんとおっしゃいました? え?)」

「だから、今日、寄席休んでいいから家で稽古でもしてろ」

「え?? あ! ありがとうございます!!(何この展開! いいの? いいの? 師匠!)」

「ほい。これ持っていけ」と言って3千円を渡されました。

いつも師匠宅にお伺いした際は交通費として一千円いただきます。そしてタイミングが合わず、お食事をいただけなかったときは食事代としてもう一千円いただきます。

後の一千円なんだ? うん? トレーナーが汚れている! まさかクリーニング代?

「師匠ぉーーー!!!!!!!!!(愛してるぅ~!)」

その日、自宅に帰ってつくった焼きそばは、後にも先にも一番おいしい焼きそばでした。

基本的に弟子は師匠のそばにいたくて無理やりいさせてもらっています。

どこの馬の骨かわからない奴を家族として迎えてくれて、芸や生き方を教えた(見せた)後、年季があければご祝儀を持たせて送り出してくださいます。

少しでも早く師匠に恩返しができるよう、コツコツと精進していく所存です!

最後に、こちらのコラムを楽しんでくれた皆さま。このような貴重な機会をくださった関係者の皆さま。そして私を落語家にしてくださった師匠、おかみさんに心より感謝を申し上げます。

本当にありがとうございました!

=おわり

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