広瀬和生の「J亭を聴いた」第7回大手町二人会 三三・一之輔(令和元年5月分)<98>

「J亭スピンオフ企画 隔月替わり二人会」、5月16日(木)は「白酒・一之輔」二人会。演目は以下のとおり。

 

柳家わさび『庭蟹』
桃月庵白酒『浮世床』
春風亭一之輔『鰻の幇間』
〜仲入り〜
春風亭一之輔『かぼちゃや』
桃月庵白酒『花筏』

開口一番を務めたのは、今年9月の真打昇進が決まっている柳家わさび。あるお店で、「洒落番頭」と評判の番頭に、洒落のわからない旦那が「洒落というものを見せてくれ」と頼み、次々に番頭が駄洒落を披露するものの、旦那はまったく理解できず「どうしてちゃんとやろうとしないんだ」と怒ってしまう、という噺。わさびが演じた『庭蟹』には冒頭で番頭に小僧が洒落を披露して褒められる場面があり、後半で旦那に「番頭さんはずっと洒落を言ってたんですよ」と教えてくれるのが小僧ではなく奥方。後でわさびに尋ねたところ、三遊亭萬橘に教わった型だという。ちなみに萬橘は『洒落番頭』の演題で高座に掛けている。

白酒の一席目『浮世床』は「将棋」〜「本」。先手を決めるくだりが笑える「将棋」もいいが、「本」がもう爆笑モノ。『太閤記』の「姉川の合戦」を読む源ちゃんのヘンな顔が、とにかく卑怯なくらい可笑しい。この顔芸は白酒にしかできない。CDでこれを聴いた人には本当の可笑しさは絶対に伝わらないだろう、というあたりは大師匠の十代目馬生に通じるものがある(馬生はこんな顔はしなかったが)。そしてまた、バカバカしいまでにたどたどしい読み方の、声そのものの圧倒的な可笑しさも「破壊的」とさえ言える。

「一尺二寸の大太刀っておかしいじゃねぇか」と突っ込まれた源ちゃん、「一尺二寸は横幅のことなり」と言い張り「そこに窓を開けて『寄ってらっしゃいよ♪』なんて、芸者を上げてドンチャン騒ぎ」と口走る。「戦場でドンチャン騒ぎはねぇだろ」「いいんだよ、タイコー記ってくらいだから鳴物が入る」でサゲ。

一之輔はマクラで日芸落研の二年後輩であるわさび(本名「宮崎」君)のお母さんの話をした後、『鰻の幇間』へ。もともと柳家喜多八に教わっていて、かつてはそれがわかる演り方だったが、その後どんどんと独自の進化を遂げて、今では完全に“一之輔の『鰻の幇間』”として生まれ変わっている。

客と出会った瞬間から一八のテンションはマックスで、テンポ良く進んでいく。明らかに不味い酒、酷い漬物、「これ薬味……?」という謎の反応、硬くて箸が刺さらない鰻に四苦八苦、それでも元気にヨイショし続ける一八が堪らなく可笑しい。客が便所に立ってからの妄想、誰もいない便所に語りかける場面等々、台詞回しが絶妙で笑わせる。

騙されたとわかってからは一八が女中に延々と文句を言う。通常ここは「店の酷さ」についての描写で笑わせるものだが、一之輔の場合は女中が主役級の存在感を見せる。35年この店にいるというこの女中、無愛想なだけじゃなくて、文句を言われてる最中にマンガ読みだしたり、完全に挑戦的。しまいには舌打ちまで。この女中の返事すべてが癇に障る一八がキレるリアクションが爆笑を呼ぶ。

一服しようとすると「後がつかえてるから早く出て行ってください」と言われ、この女中の誕生会が始まると知って激怒。黒文字をくれと言うと蒲焼の串を渡される一八、帰る前にこれだけは言っておかなきゃと全員を集めて「マヨネーズは鰻の薬味じゃありません!」と叫ぶ。下駄もなく裸足で家に帰った一八が発見したのは、あの客が嫌がらせで置いていった三人前の鰻だった、というオチ。

仲入り後、一之輔の二席目『かぼちゃや』は与太郎の可愛さが際立つ逸品。「しっかりしろ」「しっかりしてるよ」「そうは見えない」「それはあなたの主観ですから」という冒頭の会話からもわかるとおり、この与太郎は単なるバカではない。上を見ている間にかぼちゃを全部売ってくれた男に「出過ぎた真似すんだよ」と言い放ちながらも憎めない魅力がある与太郎だ。「上を見たのを出せ」「出せない」「取ろうってんじゃないんだ、幾らだか教えてくれ」と言われて「えーと、抜けるような青空……向こうのほうには入道雲……ツバメがくるりと輪を書いた、そんな夏の昼下がり。よたろう」と呟く“みつを”みたいな与太郎に婆さんが腹を抱えて笑うのは一之輔ならではの素敵な場面だ。

白酒のトリネタは病気の大関花筏の身代わりとして銚子の巡業に行った提灯屋が、地元の力自慢、千鳥ヶ浜と対戦する羽目に陥る『花筏』。登場人物を生き生きと描く「真に迫った描写力」と聴き心地の好い「地の語りの声の魅力」を活かした正攻法の演じ方を基本としつつ、やたら「〜でごんす」と言いたがる千鳥ヶ浜のキャラ、その父親の「明日の土俵に上がるのは花筏じゃない、デブの殺し屋だ」という台詞等々、全編に白酒ならではのセンスが感じられる一席で、白酒の「落語の上手さ」を堪能してお開きとなった。

筆者紹介:広瀬和生
1960年生まれ、東京大学工学部卒。落語評論家。毎日のようにナマの高座に接し、現在進行形の「今の落語」の魅力を語る第一人者として知られる。『この落語家を聴け!』『21世紀落語史』『噺は生きている』『僕らの落語』『落語家という生き方』『談志は「これ」を聴け!』『なぜ「小三治」の落語は面白いのか?』等々、落語の著書多数。音楽誌「BURRN!」編集長でもある。
 
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