広瀬和生の「J亭を聴いた」第5回大手町二人会 白酒・一之輔(平成30年11月分)<96>

「J亭スピンオフ企画 隔月替わり二人会」、11月22日(木)は「白酒・三三」二人会。演目は以下のとおり。

 

三遊亭伊織『都々逸親子』
柳家三三『橋場の雪』
桃月庵白酒『百川』
~仲入り~
桃月庵白酒『つる』
柳家三三『粗忽の釘』

開口一番を務めたのは三遊亭歌武蔵門下の二ツ目、三遊亭伊織。演じた『都々逸親子』は三代目三遊亭圓右の作品。いわゆる“芸協の新作”だが落語協会の演者にも伝わって、今では半ば古典となっている。国語の授業がきっかけとなって学校で都々逸が流行っていると金坊が言うと、父親が「自分は都々逸チャンピオンだった」と言って都々逸を作ってみせるが、金坊のほうが圧倒的に上手い…という噺。

三三の一席目は『橋場の雪』。うたた寝をしていた若旦那を起こした奥方が「どんな夢を見ていたの?」と尋ね、「橋場の渡しで美女と出逢い、向島で用を済ませて戻ってくるとその女が待っていたので家に行き、布団に入って横になると女が入ってきた…というところで起こされた」と若旦那が話すと、その夢に嫉妬した奥方が大騒ぎする、という噺で、人情噺『松葉屋瀬川』が落語化されたもの。『橋場の雪』を初代三遊亭圓遊が改作した『夢の後家』をさらに八代目桂文楽が『夢の酒』に作り替えて演じたため、よく似た噺の『夢の酒』のほうがポピュラーになった。『橋場の雪』は三三が「発掘した」と言ってもいい演目だ。夢の内容を若旦那が延々と語る場面がダレないのは三三の優れた話術があればこそ。元ネタが『松葉屋瀬川』だけに「向島で瀬川花魁が待っている」というのがもともとの『橋場の渡し』だが、三三は単に「向島でお客様が待っている」としている。「定吉がまた舟を漕ごうとしています」というサゲは初代圓遊が考案したもの。

白酒の一席目は日本橋浮世小路の料理屋「百川」に来た奉公人の百兵衛が河岸の若い連中との間でドタバタ劇を繰り広げる『百川』。田舎者の演じ分けが上手い白酒ならではの「百兵衛の可愛さ」が白酒版『百川』の魅力。百兵衛が「主人家の抱え人」と自己紹介したのを「四神剣の掛け合い人」と聞き違えた河岸の男が百兵衛に慈姑のキントンを呑み込ませて帰らせた後、仲間に「あの男はわざとああやっているが実はすごい人なんだ」と説明するくだりで、「そうかい?」と疑う男が「源ちゃん、そう?」と訊くと源ちゃんがよく通る声で「ああ、間違いねぇ」と答える、というやり取りが繰り返し出てきて、これがなんとも可笑しい。主人家の抱え人だとわかって「違うじゃねェか」と言われた源ちゃんがよく通る声で「ああ、間違ぇた」と平然と言うのが爆笑を呼ぶ。常盤津の歌女文字(かめもじ)という師匠を読んで来いと言われたのに医者の鴨地(かもじ)先生を呼んできてしまった百兵衛が河岸の男に「間抜け!」と言われると「かめもじ…かもじ…マヌケでねぇ、“め”が抜けとる」というのが白酒のサゲ。

仲入り後、白酒が演じたのは『つる』。八五郎がご隠居に「鶴は昔は首長鳥と呼ばれていた」と教わるお馴染みの噺だが、白酒版『つる』の可笑しさは格別だ。仲間内で「どうして鶴は日本を代表する名鳥なのか、ご隠居に聞きに行こう」ということになったけれども、全員ご隠居が大嫌いなので押し付け合ってジャンケンで負けてイヤイヤ来た……と得々と話す八五郎のキャラは白酒ならでは。「首長鳥がツルになったわけ」を教えた後、自分で言っておきながらあまりにもくだらない駄洒落なので照れ笑いをし続けるご隠居の描写も大いに笑わせる。

三三のトリネタは『粗忽の釘』。引っ越しが終わった場面から始めたが、これは前半をカットしたのではなく、三三のいつもの演りかた。粗忽者の亭主はそれまで「箪笥を背負ってウロウロしてた」のではなく、ただ「鉄瓶を持ってグルグル廻ってた」だけなのである。釘を壁に打ち込んだ後、向かいの家に行ったりしながらようやく隣家に行った亭主は、女房との馴れ初めからデキちゃったところまで嬉々として語った後でトーンを落として「どうして女ってのはああ強くなっちゃうのかね…涙で枕を濡らす夜も…」と言い始める。亭主が尻に敷かれてるほうが上手くいくと仲間に言われてそのとおりにしてみたら、なるほど夫婦仲は丸く収まってる、「それもひとつの夫婦の形かも……と思ってるんですよ……い、ま、は」としみじみ語った後、万感の思いを込めて「いま、幸せです」と呟く、ここが三三版『粗忽の釘』のハイライト。いったん帰ったこの亭主が再び現われると今度は「釘が出てますかって訊きに来たのにアナタは何にも教えてくれない!」とキレるのも可笑しい。この亭主に来られて困惑した向かいの家の女房が町内に回覧板を廻していたので隣家の女房はこの男が自分の隣人だと知っていた、というのも笑える。壁の向こうで「トントーン」と言いながら自分の頭を叩く亭主のマヌケさも三三が演ると楽しさ倍増。最後にまた来た亭主が「初めまして」と挨拶するのは『粗忽の使者』や『松曳き』を思わせるバカバカしさ。冒頭の夫婦の会話からサゲに至るまで全編に三三独自の演出が施されて実に面白い『粗忽の釘』だった。

筆者紹介:広瀬和生
1960年生まれ、東京大学工学部卒。落語評論家。毎日のようにナマの高座に接し、現在進行形の「今の落語」の魅力を語る第一人者として知られる。『この落語家を聴け!』『21世紀落語史』『噺は生きている』『僕らの落語』『落語家という生き方』『談志は「これ」を聴け!』『なぜ「小三治」の落語は面白いのか?』等々、落語の著書多数。音楽誌「BURRN!」編集長でもある。
 
 

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