広瀬和生の「J亭を聴いた」第3回大手町二人会 三三・一之輔(平成30年7月分)<94>

「J亭スピンオフ企画 隔月替わり二人会」、7月26日(木)は「三三・一之輔」二人会。演目は以下のとおり。

 

桂宮治『熊の皮』
柳家三三『茄子娘』
春風亭一之輔『青菜』
~仲入り~
春風亭一之輔『麻のれん』
柳家三三『忠治山形屋』

開口一番を宮治が務めるとは豪華だ。女房の尻に敷かれた甚兵衛さんが主役の『熊の皮』、女房が甚兵衛に口上を教える際に「意味はどうでもいい、音で覚えて!」と言うのは笑った。その「音で覚えた」口上のあまりのうろ覚えぶりに困惑した先生が「ハイ書生さん全員集合! 今日は一人の知恵ではわかりません。全員協力体制で謎を解きます」と書生を集め、もう一度詳しく聞いてみて「点と点が線でつながりました」と喜ぶのも楽しい。

三三の一席目は『茄子娘』。東海道戸塚の宿から一里ほどの鎌倉山の山間にある寺の和尚が丹精込めてナスを育てながら「大きくなったら菜(さい)にしてやる」と言ったのを「妻(さい)にしてやる」と受け取った茄子の精が若く美しい女性の姿で現われ、和尚はつい誘惑されてしまい「不邪淫戒」を犯してしまった。夜が明けると夢かと思いつつ「修行が足りぬ」と悔いて旅に出た。5年後、寺に戻ってみると幼い娘が「お父様」と声を掛けてきた……。

入船亭扇橋の演目で、その一門以外では三三の兄弟子、柳家喜多八が演っていたのが印象深い。三三の『茄子娘』は端正な語り口の中に柔らかさがあって実に心地好い。5年後に戻ってきた場面はいかにも夏の畑の風景が見えてくるようだ。

続いては一之輔がお馴染みの『青菜』を。コップ越しに周りを見て景色が歪むのを喜んだり鯉の洗いと共に出された酢味噌を舐めて「これだけで五合飲める」と喜んだりする植木屋が可愛い。「御懲役……じゃない、御教育」というお約束の言い間違いの後に「懲役じゃ大変だよ、番号で呼ばなきゃいけない」と呟くのがバカバカしくていい。「その名を九郎判官」の隠し言葉に「その場で~!?」と心底感心する植木屋。それにしても「うちの女房はタガメに似てる」っていう発想はどこから出てくるのか……。

そのタガメの女房を「小町になれ」とザンバラ髪にして「お屋敷の隠し言葉」を再現しようとする後半のハジケ方は一之輔の独壇場。建具屋の半公を呼び込もうと「あーこれこれぇ~」と声を掛けるだけで既に可笑しい。「コップでおあがり」「シャケ缶じゃねぇか!」というのも凄い。菜のお浸しが嫌いな半公が「売られた喧嘩は買うぜ! 意地でも食ってやる持ってきてみろ!」と言うと「持ってくるよ! ……無いけどな」と何故かドヤ顔な植木屋、「♪これよ! ♪奥や!」に合いの手を入れる半公、グショグショになってオッパイ透けちゃってる女房を見て「あっ、タガメだっ!」……相変わらず凄い。

仲入り後は『麻のれん』。これで三席続けて夏の噺だ。これも入船亭扇橋の演目で、一之輔は二ツ目の頃から演っている。『青菜』に続いて柳蔭の登場だ。杢市が食べる枝豆が実に美味しそう。「直しってのは大阪が本場なんですってね。上方では柳蔭って言うんだって近所の植木屋が騒いでました」に笑いが起こる。奥の座敷に女中が手を引いて連れて行くと言うのを意地を張って断わって一人で行くというときの「嫁入り前の娘さんの手を触るなんてもったいない限り」という台詞がいい。杢市が屋敷内の間取りを事細かに描写するのも楽しい。

麻の暖簾の存在に気付かず蚊帳の外に寝る杢市が、布団もなければ水差しも置いてないのを、女中のお清に「お嫁に行かないの」とか「器量がいい」とか言ったせいでしくじったと早合点するのは、布団が敷いていないという状況に杢市が甘んじる不自然さに説得力を与えていて秀逸だ。「ヒデェな~、でも謝らないぞ俺は!」と独白するのも杢市の強情な性格を物語っている。やぶ蚊に刺されまくるのを見てるとこっちまで痒くなってくるが、一之輔の演じる杢市は、飲み終わった直しを最後の一滴まで手につけて頭や顔に撫でつけていたので、蚊もなおさら集まってきやすいのだろう。皮肉なオチは単純に可笑しいというより目の不自由な杢市の悲哀を感じさせるが、シリアス過ぎずカラッと受け止められるのが、一之輔の『麻のれん』の魅力だ。

三三のトリネタは講釈ネタで『忠治山形屋』(『山形屋乗り込み』)。博奕打ちで十手持ちで女郎屋もやっている山形屋藤造、年貢の金に困って娘を売りに来た老人に渡した五十両を、手下に命じて奪い返した。この悪行を聞いた国定忠治が山形屋に乗り込んで親子を助けてやる。「十手を預かりながら陰で悪事の限りを尽くしている悪党を忠治が成敗する」という勧善懲悪ストーリー、初めは田舎者を装って下手に出た忠治が「もう勘弁ならない」とばかりに正体を明かして山形屋を脅しつけるというのもお約束ながら実にスカッとする展開。それをまた三三が実に爽快な描き方をしてくれる。三三がこの『山形屋乗り込み』を演るのを初めて観たのは11年前のことだが、今の三三はあの頃よりも一層語り口に深みがあり、メリハリの付け方も堂に入っていて引き込まれる。こういう噺を演ると今の落語界では右に出る者は居ない、と言ってしまっていいだろう。さすがの一席でビシッと締めてくれた。お見事!

筆者紹介:広瀬和生
1960年生まれ、東京大学工学部卒。落語評論家。毎日のようにナマの高座に接し、現在進行形の「今の落語」の魅力を語る第一人者として知られる。『この落語家を聴け!』『21世紀落語史』『噺は生きている』『僕らの落語』『落語家という生き方』『談志は「これ」を聴け!』『なぜ「小三治」の落語は面白いのか?』等々、落語の著書多数。音楽誌「BURRN!」編集長でもある。
 

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