広瀬和生の「J亭を聴いた」J亭落語会 柳家三三独演会(平成29年12月分)<91>

12月14日(木)、「J亭落語会 柳家三三独演会」。演目は以下のとおり。

 

柳亭市江『熊の皮』
柳家三三『二十四孝』
柳家三三『筍』
~仲入り~
柳家三三『二番煎じ』

開口一番は柳亭市馬門下の二ツ目、柳亭市江。女房の尻に敷かれている甚兵衛さんが先生にもらった赤飯のお礼を言いに行く『熊の皮』を飄々と演じた。

三三の一席目は『二十四孝』。大家に呼ばれて「今朝の騒ぎは何だ」と訊かれた乱暴者の八五郎、夫婦喧嘩の仲裁に入った母親を蹴飛ばしたと言う。(ちなみにこの夫婦喧嘩は猫に鯵を盗られたことが原因だが、このエピソードを三三の師匠の小三治は『天災』の冒頭に用いている)大家は「そんな親不孝者は長屋から出てってもらう」と八五郎に迫り、中国の「二十四孝」からいくつか親孝行のエピソードを教える。この演目を得意とした五代目小さんは二十四孝の前に養老の滝の故事も入れていたが、三三はそれはない。

凍った湖に裸で寝て鯉を母に食べさせた王祥、真冬に筍を彫り出して母に食べさせた孟宗、母を養うために口減らしで我が子を埋めようと鍬を入れたところ金を掘り出した郭巨(六代目圓生などは「母に嫁の乳を飲ませると子に与える乳がない」としていたが、三三は小さん同様「母が孫に食べ物をやってしまうので」というやり方)、蚊帳を吊れないので自分が裸になって酒を身体に掛けて寝た呉猛などの話をする。今日の三三は郭巨の話を聞いた後の八五郎に「どこまでいっても♪貧乏、ババァ、親孝行、♪貧乏、ババァ、親孝行……あれみたいだな、♪貧乏、大臣、大大臣」なんて言わせたのがなんとも可笑しかった。

「親孝行するならお前に小遣いをやる」と親に言われて八五郎は帰宅して親孝行に励もうとする。「おっかさんは鯉も筍も食べない」と女房に言われて弱っていると、友達が通りかかった。聞くと父親と喧嘩してきたという。ここぞとばかり「二十四孝をご存知か」と親孝行の徳を説こうとして八公が失敗、という「オウム返し」の展開で笑わせる。(これも五代目小さんの演出) 呉猛のように酒を身体に掛けようとして大酒を飲んで起きた八五郎、「ほら見ろ、蚊に食われてねぇぞ、親孝行の徳で天の感ずるところだ」と言うと母が「あたしが夜っぴて扇いでたんだよ」でサゲ。そのまま高座に残った三三は「やりながら、そういえばこれ真夏の噺なんだよなぁ、と」と言って、「でも噺家の時知らずという言葉があって」と、入船亭扇橋が正月に『長屋の花見』をやったこと、それに先んじるために桂文朝が11月くらいからやっていた、というエピソードを話した。

『二十四孝』は昭和の名人の時代には多くの演者が手掛けていたが、近年あまり聞かれなくなった噺。現役だと三三の他に立川志らく(郭巨の「母に嫁の乳を飲ませる」というくだりを破壊力のあるギャグに使っている)が目立つくらいだが、三三の兄弟子、柳家喜多八がすさまじく面白かった。惜しい人をなくしたものだ……と思っていたら、続けて演じた三三の二席目は喜多八の専売特許だった『筍』。隣家の筍を巡るやり取りだけの、ほぼ小咄のような落語で、「カツブシかいて待ってる」武家を演じる喜多八の悪戯っぽい表情を思い出す。洒落の効いたこういう素敵な噺を三三が継承してくれたのは嬉しい限り。

三席目は冬の名作落語『二番煎じ』。一の組が「月番、黒川の旦那(拍子木)、浪花屋(鳴子)、近江屋と金久(金棒)、宗助さん(提灯)」で二の組の長が伊勢屋、といった基本的な設定は小三治とほぼ同じだが、冒頭で黒川の旦那が「弟子に稽古をつけていて」皆よりも遅れてやって来て、月番が「謡い流行ですからな」という演出は三三で初めて聴いた。

一回りしてきた後の猪鍋を囲んでの酒盛りの場面は、とにかく美味そう。志ん朝に代表される「よくしゃべる演出」とは対照的に、台詞より表情と仕草を主体に表現する演出を多用している。そんな中で、黒川の旦那が「家内に先立たれて……娘はおりますが……」としんみり飲む場面は新鮮だ。猪の肉やネギ、味噌などを用意だけじゃなく鍋まで背負ってきた男に「夜回りの神様だね」と言った後で箸が一膳しかないと知って「神様じゃないね、達人どまりだね」と言うのは喜多八の「夜回りの名人だね」「箸が一膳とは抜かりがあったね。名人じゃないね、上手どまりだね」を踏襲した素敵な台詞。

見回りの役人がやって来て慌てた月番、「片づけて! 赤い顔消して!」と言グツグツいっている鍋の上に「バッサリやられるよりマシでしょ! グツグツかバッサリか」と宗助を鍋の上に座らせる。入って来た役人の「廻っておるか」の問いに「みんな相当回ってます」と答えたのは笑った。何度も「宗助さんが」と名前を出される可笑しさが『二番煎じ』のキモ。三遊亭兼好がそれを発展させ「おい宗助」「ホラ名前覚えられちゃった~」とやったのを11月によみうり大手町ホールの「けんこう一番! 秋スペシャル」で聴いて爆笑したが、この日の三三も役人に「宗助、あれは何だ」と言わせていた。

年末だから、最終回だからと人情噺の大ネタに行ったりせず、ごく自然体でいつもどおり高座を務めたところが三三らしい。8年9ヵ月続いた「J亭落語会」は幕を閉じたが、2018年3月からは奇数月開催のJ亭スピンオフ企画が始まる。期待したい。

筆者紹介:広瀬和夫
1960年生まれ、東京大学工学部卒。落語評論家。毎日のようにナマの高座に接し、現在進行形の「今の落語」の魅力を語る第一人者として知られる。『この落語家を聴け!』『21世紀落語史』『噺は生きている』『僕らの落語』『落語家という生き方』『談志は「これ」を聴け!』『なぜ「小三治」の落語は面白いのか?』等々、落語の著書多数。音楽誌「BURRN!」編集長でもある。
 
 

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