広瀬和生の「J亭を聴いた」(平成29年10月分)<89>

10月12日(木)、「J亭落語会 春風亭一之輔独演会」。演目は以下のとおり。

 

春風亭きいち『のめる』
春風亭一之輔『寄合酒』
春風亭一之輔『化物使い』
~仲入り~
春風亭一之輔『柳田格之進』

ここJTホールでの一之輔独演会はこれが最後。開口一番は一之輔の一番弟子、きいち。演じた『のめる』は橘家文蔵に教わったものだ。

一之輔の一席目は『寄合酒』。冒頭、長屋の若い連中が「こんちわ」「こんちわ」「こんちわ」と口々に言いながら入って来るが、やけに数が多い…と思ったら「一人で三回言わない! そんなにいるわけない」。これには笑った。鯛、干鱈、カツブシ、カズノコ、味噌が手に入り七輪で火を起こし、カツブシで取った出汁を捨てちゃった件があり…と来て「女っ気がないのもつまらないから連れてくるよ、人の持ち物だけど」と、あまり聞かない台詞が飛び出し、連れてきた女を見ると「あ、角の乾物屋のカミさんだ」でサゲ。あれこれ盗まれた角の乾物屋からカミさんまで盗んできちゃったという、このサゲは「今思いついたんでやってみた」というアドリブだ。

二席目は『化物使い』。本所割下水の人使いの荒いご隠居の許へ訪れた杢助が、「初日なので骨休め」と言われながら数々の用事を頼まれる件を念入りに演じて笑わせ(「青物横丁のついでが千住?」「それくらい世界規模で見ればこんなモンだ!」なんて台詞は一之輔ならでは)、すぐに三年後、杢助が去る場面へ。暇をもらう杢助のご隠居への「旦那様は人使いに無駄がある。人を使うは使われること、使われる身の心がわからなければ奉公人は居つかない、オラみてぇな働き者はもう見つかるもんではねェ、よーく肝に銘じなせぇ! ええかね、吉田!」に爆笑した。

化物はオーソドックスに一つ目小僧、大入道、のっぺらぼうの女が出てくるが、のっぺらぼうは大入道の翌日ではなく、「言われた以上のことをするな、そんなの働いてる気がするだけだ!」と叱られた大入道が消えて入れ替わりにのっぺらぼうが出てくるというやり方。一つ目に対する「ベェじゃなくて! もっと元気に子供らしく! ベェじゃなくて!」と叱りつけるのが可笑しい。「こっちに来なさい」と言われたのっぺらぼうが「そういう安い女じゃない」と拒んだのに「うぬぼれるな!」とキレたご隠居が「私好みの顔にしてやる!」と落書きしようとするのもバカバカしくて素敵だ。サゲは「お暇をいただきたいと思います」。その後の「こう化物使いが荒くては辛抱できません」までは言わない。『化物使い』というタイトルが出てこないわけだが、もちろんそんなことはどっちでもいい話。「お暇を」と子狸が言うだけでも確かに充分サゲになる。

休憩後のトリネタは『柳田格之進』。師匠の一朝に習ったという型で、碁盤を真っ二つにするまでは志ん朝の『柳田』とだいたい同じだが、そこからが違う。「両名の命ばかりは助ける」と言った柳田は「心配いたすな、あの後すぐに帰参が叶い、娘きぬは吉原から身請けをして心穏やかに暮らしておる。この春、他家に嫁ぐことも決まっておるから安心せい」と付け加えた。つまり、まだ見世に出て客を取る前に身請けをされたので、女郎になっていない、という設定だ。

万屋は「その婚礼の支度は私にさせてください」と申し出て、その婚礼の日、柳田と万屋源兵衛が二人でしみじみ話す。「きぬも礼を言っておった。源兵衛殿…明日、材木町の碁会所に行くのだが、一人では寂しい。御手合わせいただけるか」と柳田、「ぜひ、お供させてください」と源兵衛。心に沁みるエンディングだ。ここだけは一之輔が付け加えたのだという。見事な一席だ。五年間続いた「J亭 一之輔独演会」の締めくくりに相応しい人情噺で幕を閉じた。

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