広瀬和生の「J亭を聴いた」J亭落語会 春風亭一之輔独演会(平成29年7月分)<85>

7月6日(木)、「J亭落語会 春風亭一之輔独演会」。 演目は以下のとおり。

 

柳家寿伴『道灌』
春風亭一之輔『のめる』
春風亭一之輔『代書屋』
~仲入り~
立川こはる『芝居の喧嘩』
春風亭一之輔『へっつい幽霊』

柳家三寿に入門して二年半の前座、柳家寿伴が開口一番を務めた後、高座に上がった一之輔はまずマクラで、今日チラシと共に挟まれていたサンケイリビングからの「虎ノ門でのJ亭休演のお知らせ」に触れた。J亭は2008年、立川談笑の月例独演会としてスタートし、2011年に立川志らく・桃月庵白酒・柳家三三の3人による月替わり独演会となった後に、2012年からは現行の「白酒・三三・一之輔」の3人がレギュラーとなったが、JTからの「クラッシック専門ホールという従来の使用目的に特化したい」との意向により、今年いっぱいでJTホールでのJ亭は休演、来年5月から大手町日経ホールに会場を移して「J亭スピンオフ企画 白酒・三三・一之輔 隔月替わり二人会」がスタートするのだという。それに先立ち、来年3月、同ホールで「J亭スピンオフ企画スタート記念“白酒・三三・一之輔スペシャル三人会”」が開催されるとのこと。情報公開は10月。楽しみに待ちたい。

一之輔の一席目は『のめる』。八五郎が隠居のところにやって来て、「つまらねぇ」が口癖の建具屋の半公に「よくねぇぞ」と注意したら、「お前の『一杯飲める』って口癖もよくねぇ」と言い返され、お互いその口癖を言ってしまったら一円払うことにした、という。「あの野郎に『つまらねぇ』と言わせる方法ありませんかね」と尋ねた八五郎に「叔母さんから沢山大根百本送ってきた、醤油樽に百本詰まろうかね、と訊いてみなさい」と隠居が知恵を付けたのに、八五郎は「それは用が済んだらやるから、早く教えてください」とスルーしてペラペラしゃべり続け、隠居を怒らせる。この八五郎の暴走キャラがメチャメチャ可笑しい。罠に気づかれたのに「沢庵大根!」と繰り返す八五郎に半公が思わず「オマエ可愛いなあ……」と言ってしまうのが一之輔らしい。それで糠だらけで臭くなりながら失敗した八五郎、再び隠居の許を訪ね、今度は詰将棋の罠を伝授されると「できればそっちを先に教えてほしかった」と言うのも笑った。『のめる』がこんなに面白くなるなんて、とビックリさせられた一席。

一之輔はそのまま高座に残って『代書屋』へ。やたらデカい声で「すいませーん!」と戸を開けずに外から声をかけてきた男、「アタシが生まれたときからのことがビャーッと書いてある……過去帳! 過去帳書いてください!」「おそらく履歴書ですな」と履歴書を書いてもらおうとする。「本籍は?」と訊かれて「ホンッ!」と咳をしたり、「生年月日を大きな声でハッキリ言ってください」と言われて「セーネンガッピー! セーネンガッピ!」と繰り返した後「生年月日を言いなさい」と「♪セーネンガッピオ~~♪セ~ネンガッピオ~」と歌い調子になるところ等、「一之輔の表情と声色だからこその可笑しさ」に満ちていて全編爆笑が続く。この主人公の中村吉衛門という男、一生懸命なところが可愛い。

「河川に埋没する廃品を回収し生計を立つ」ことを上方落語では主人公が「ガタロ」と言うが、意味は「河童」のこと。一之輔演じる中村吉衛門はこれを「カッパ」と言い、代書屋が知らないのを「カッパ知らないの!?」と物凄くバカにしているが、立川談志はこの業種を「よなぎ屋」と称していた。 『代書屋』を最初に東京に持ち込んだ談志は「初めてストリップを見に行った日」を大正十年十月十日としていたが、一之輔の中村吉衛門は昭和二十五年三月三十一日にタケさんと初めてストリップに行って「戦争には負けたけど自由っていいなぁ」って二人で湯に行って背中流し合ったという微笑ましいエピソードを語っている。賞罰を「一月一日」「正月だそれは」とお馴染みのギャグに続いて賞罰へ。「去年の四月、町内大食い大会で肉まん三百七十個食べて優勝した」ことで大喜び、「うちにこんな親孝行者が」と仏壇に表彰状を見せながら泣き崩れたという今年八十三の母親の名はメイコ。「中村メイコっていうのか!」でサゲ。バカバカしさ全開の爆笑編だ。

仲入り後はゲストの立川こはるが『芝居の喧嘩』。幡随院長兵衛の子分たちと旗本白柄組とが芝居小屋で乱闘になる講談ネタを落語にしたもの。今の寄席の世界で聴ける『芝居の喧嘩』は大抵亡き古今亭右朝が演っていた型(春風亭一朝もこれ)だが、こはるの『芝居の喧嘩』は大師匠の立川談志と同じく、冒頭二人の男の「相撲へ行こう」「それより芝居に行こう」という会話から始まる演り方。若き日の立川志の輔もこういう『芝居の喧嘩』を演っていた。女性ながらキレのいい口調が魅力のこはるにはピッタリのネタだ。

一之輔のトリネタは『へっつい幽霊』。五代目柳家小さんの『へっつい幽霊』は、ある男が道具屋から曰く付きのへっついをただで引き取ったら幽霊が出てきて「へっついに塗り込んだ大金を出してほしい」と頼み、男が山分けを条件に金を出すと、幽霊がその金でサイコロ勝負を挑む、というアッサリとした展開で、古今亭志ん朝もその型で演っていたが、一之輔の『へっつい幽霊』は三代目桂三木助の流れ。長屋の遊び人の熊が道具屋夫婦の「一円付けてあのへっつい引き取ってもらおう」と話しているのを聞いて、若旦那の銀ちゃんと二人でへっついを引き取る、という展開で、「塀越しの話なんで間違ったらごめんよ」という談志の愛した名フレーズも含め、全体的に三木助の型に忠実だが、登場人物のダイナミックな演じ方には一之輔の個性が充分に反映されていて実に面白い。銀ちゃん登場のシーンでの素っ頓狂な歌声のバカバカしさも一之輔らしくて楽しい。既に一之輔ならではの『へっつい幽霊』になっている。こうした名作落語を自分のものとしてきっちり聴かせる力量に、一之輔のスケールの大きさを感じた。

筆者紹介:広瀬和生
1960年生まれ、東京大学工学部卒。落語評論家。毎日のようにナマの高座に接し、現在進行形の「今の落語」の魅力を語る第一人者として知られる。『この落語家を聴け!』『21世紀落語史』『噺は生きている』『僕らの落語』『落語家という生き方』『談志は「これ」を聴け!』『なぜ「小三治」の落語は面白いのか?』等々、落語の著書多数。音楽誌「BURRN!」編集長でもある。
 

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