広瀬和生の「J亭を聴いた」J亭落語会 柳家三三独演会(平成29年6月分)<84>

6月8日(木)、「J亭落語会 柳家三三独演会」。演目は以下のとおり。

 

柳家小かじ『馬大家』
柳家三三『大工調べ』
~仲入り~
柳家三三『反対車』
柳家三三『元犬』

開口一番の小かじは三三の弟子。昨年十一月に二ツ目に昇進している。馬が好きで好きでたまらないヘンな大家の長屋に住まわせてもらおうとやって来た男が馬づくしで話を進めて大家に気に入られる『馬大家』、僕は当代の柳家小せんでしか聴いたことがなかった珍しい噺で、三三も「『馬大家』という噺があるとは知っていたけど聴くのは初めて」と言っていた。それにしても小かじ、随分成長したなぁ……。

続いて登場した三三は江戸っ子のマクラを振ってから『大工調べ』へ。三三の演じる与太郎がなんとも可愛くて魅力的だ。棟梁、与太郎、大家とそれぞれが、型に嵌まった「台詞」ではなくそれぞれの了見でしゃべっている感じで、実にいい。この棟梁と大家はもともと互いに反感を持っていて、大家は最初から棟梁の言い分を聞く気はないし、キレた棟梁の啖呵は普段から思っていることを一気に言っているだけ。この噺の一番の聴きどころは啖呵ではなく、その後の与太郎の可笑しさだ。三三はその辺をよくわかって演じている。前半で切るのではなく後半の奉行の裁きをきっちり描いて「大工は棟梁」「調べをごろうじろ」のサゲまで。これも嬉しい。三三ならではの軽やかで楽しい『大工調べ』だ。

休憩を挟んでの二席目は『反対車』、これがハジケていて最高に面白かった!「万世を渡って北へ真っ直ぐ上野のステンショ(ステーション=駅)まで行って最終に乗りたい」男が最初に捕まえた年寄りの車夫の、人を食ったようなトボケたキャラがこの上なく素敵だ。手にツバを掛けようとしてなかなかツバが出ない、というだけでこんなに笑わせるとは! 「♪もしもし亀よ」とか「♪でんでんむしむし」などと歌い出す脱力系の可笑しさ(なんだか入船亭扇橋を思わせる)も心地好い。二人目のものすごく速い車夫は土管を飛び越し、湯島天神の男坂や鈴本演芸場のエスカレーターを駆け登り、電車と勝負し、とにかく走りまくって土手にぶつかり「ドテッと当たって止まりました……今のじゃオチにならない」というわけで止まった場所は福島県郡山。猛スピードで上野駅に戻って「奇跡的! 終電に間に合ったよ」「どこへ行くんですか」……ここで「福島県郡山」と言ってオチになるかと思いきや、「ふくしやま……」と噛んで場内大爆笑。「終われねぇ場合はどうしますかね」と言って車夫は「アラヨッ!」と声を掛けると猛スピードで福島県郡山へ。「アッシがまた運びましたぜ」「ああよかった、福島県郡山だけに」「はい、こうりゃマァ肝を冷やした」でサゲ。これ、わざとなのか!?(笑) いやもう爆笑また爆笑、顔芸や仕草の可笑しさで笑わせるなど、三三の新たな魅力が炸裂した一席だ。

「(『反対車』が)こんなに疲れるとは思わなかった」と言いつつ、そのまま息を整えて『元犬』へ。人間に変身したシロが「鼻が舐められなくなっちゃった」と言うところ、ひとつ廻ってお手をして落ち着くポーズを取るところ、初めて上がった家の旦那の膝に乗って耳を舐めちゃうところ等々、可愛くて笑えるシーンの連続だ。三三はいつの間にこんな面白い『元犬』をこしらえたのか、ちょっとビックリ。先ほどの『反対車』といい、この『元犬』といい、以前の三三の「きっちりと語る演者」というイメージとは対極の、フラ全開の成り行き任せの演じ方で、だからこそグイグイ引き込まれて大笑いさせられる。通常の『元犬』のサゲは旦那が女中のおもとを呼んで「おもと!もとはいぬか」「今朝ほど人間になりました」というものだが、三三はおもとを登場させてアッと驚く展開へ。シロが「おっ母さんと生き別れた」というエピソードをうまく活かした見事なオチだ。「前座噺も三三が演ると一味違う」という見本のような一席。こういう噺を面白く演れることを「落語が上手い」というのである。

充実の一夜、文句なし。普通『元犬』『反対車』『大工調べ』を独演会で演るなら前半に『元犬』~『反対車』、後半で『大工調べ』で締めるというパターンになるところだが、今日の三三は逆。それがとても効果的だった。特に後半のハジケた三三の魅力は数年前までは考えられなかった種類のもの。このところ三三は一皮むけて、一段とスケールの大きな噺家になったと思う。柳家三三の「今」を堪能させてもらった。

TOP