広瀬和生の「J亭を聴いた」(平成29年5月分)<83>

5月18日(木)、「J亭落語会 桃月庵白酒独演会」。演目は以下のとおり。

 

桃月庵ひしもち『転失気』
桃月庵白酒『大山詣り』
~仲入り~
入船亭遊京『七度狐』
桃月庵白酒『厩火事』

ひしもちの『転失気』は、多くの前座の凡庸な『転失気』にはない面白さが随所にあった。こういう噺を面白く聞かせられるとはひしもち、只者じゃない。二ツ目になったら大いに伸びそうだ。

白酒の一席目は『大山詣り』。大山詣りの件で長屋の連中を集めた先達が、「女だけになると物騒だから残って睨みをきかせてくれ」と熊公頼むけれども「嫌だよ」と断わられ、仕方なく「本当のことを言うと熊さんには来てほしくないんだ」と、毎年の喧嘩騒ぎに閉口している本音を打ち明ける、というオープニングは志ん生の型。この長屋の場面で先達が「熊、お前は嘘をつくとき擬音が多くなる」と指摘、これが後半の「女房連中を集めた熊公が嘘をつく」場面に繋がる、というのは当然のことながら白酒オリジナル。こういう芸の細かさが白酒の素敵なところだ。坊主頭にされた熊を発見した女中の反応の可笑しさ、熊公が自分の頭を触って「これ誰のアタマだ!?」と狼狽える様子、「男たちは皆、遭難して死んだ」と聞かされた女房たちの嘆きっぷり等々、全編白酒ならではの可笑しさに満ちている。過剰に演出を加えることなく、持ち前の演技力とフラで『大山詣り』という噺の面白さのポテンシャルを最大限に引き出した逸品だ。白酒の「落語家としての地力」を改めて見せつけられた。

仲入り後はゲストの遊京。先日まで中国人に招待されて八十日間、中国を廻って来たそうだ。演じたのは上方落語の『七度狐』を江戸の二人旅に直したもの。亡くなった柳家喜多八が演っていたのを思い出す。遊京の師匠である入船亭扇遊は喜多八の親友だった。おそらく遊京の『七度狐』は喜多八に習ったものだろう。遊京の演じ方は生硬で未熟ではあるけれども、こういう噺を継承してくれる了見が嬉しい。

白酒のトリネタは『厩火事』。朝、女房が「シャケを焼いて食べよう」といったら亭主が「芋を煮てくれ」と言ったので喧嘩になった、というのは先代金原亭馬生の型だが、あまりにもくだらなくて、実にいい。談春の『厩火事』もこれだ。(ちなみに志ん朝は女房が芋を煮てたら亭主が「テメェくらい芋が好きな女もねェな」と難癖をつけて喧嘩になった) 旦那が「こないだあの野郎が一人で酒を飲んでたのを見て面白くない」と言うときに「刺身を一人前」じゃなくて「牛をつついて」というのも馬生の演り方だ。 白酒の『厩火事』は、女房お咲の「めんどくさい女」っぷりが最高に可笑しい。別れちまえと旦那に言われたお咲が「でも優しいところもあるんですよ」とノロケ始めてどんどんエスカレートしていくところのバカバカしさは爆笑モノ。旦那の発言に対するお咲のトンチンカンな反応も、他の演者の『厩火事』とは一味違って新鮮だ。「唐土の孔子」を「幻の子牛」と聞き違えたりするセンスが白酒らしい。孔子の逸話を聞いて「焼けた馬はケトバシにして食べちゃうんですか?」と返し、麹町のさる旦那が「皿皿皿……と息もつかずに三十六ぺんおっしゃった」と聞いて「誰が数えたんですか?」と訊くお咲にイラッとする旦那の気持がすごくよくわかる。それでいて、家に帰って「ただいま……怒ってる?」と言うお咲が妙に可愛いくて、亭主が「怒ってねェよ」と言わざるを得ないのは、この夫婦の仲の良さを物語る心温まるヒトコマだ。あのサゲの亭主の一言があってもなお、この夫婦はホントは仲いんだな、と思えて後味が実にいい。白酒の演じる「めんどくさい酔っぱらい」が可愛いのと同じく、白酒の「めんどくさい女」もやっぱり可愛かった、という素敵な一席だ。

 

筆者紹介:広瀬和生
1960年生まれ、東京大学工学部卒。落語評論家。毎日のようにナマの高座に接し、現在進行形の「今の落語」の魅力を語る第一人者として知られる。『この落語家を聴け!』『21世紀落語史』『噺は生きている』『僕らの落語』『落語家という生き方』『談志は「これ」を聴け!』『なぜ「小三治」の落語は面白いのか?』等々、落語の著書多数。音楽誌「BURRN!」編集長でもある。
 
 

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《もう一度見たい名演》桃月庵白酒「幾代餅」(令和3年11月『第20回J亭スピンオフ企画』より)

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《もう一度見たい名演》三遊亭兼好「死神」(令和2年12月『第12回三遊亭兼好独演会冬スペシャル』より)

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《もう一度見たい名演》春風亭一之輔「浮世床」(令和5年3月『第26回J亭スピンオフ企画より)

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ルート9fes 2024 昼の部

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神田連雀亭オンライン寄席2024年三月昼席

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