広瀬和生の「J亭を聴いた」(平成29年1月分)<79>

1月12日(木)、「J亭落語会 春風亭一之輔独演会」。演目は以下のとおり。

 

春風亭朝太郎『寿限無』
春風亭一之輔『浮世床』
春風亭一之輔『夢見の八兵衛』
~仲入り~
金原亭馬久『近日息子』
春風亭一之輔『初天神』

開口一番の長太郎に続いて高座に上がった一之輔、一席目は『浮世床』。ヘボ将棋の二人組を軽く描いてから『太閤記』を読む男をみんなでからかうくだりへ入るのだが、これがもうメチャメチャ面白い!聞き飽きた普通のくすぐりではなく一之輔だけの斬新なツッコミの数々が、本をたどたどしく読む男に次々と浴びせられる。たどたどしく読む男の読み方も尋常じゃない可笑しさで、「ひとつ、姉川の合戦」の「ひとつ」がきちんと読めないだけでこんなに笑わせる『浮世床』は一之輔だけだろう。

「本多と真柄の一騎打ち」を与太郎から教わったり、「そのとき」の次がなかなか読めなくて「そのときって、いつのことかな、あのときかな、このときかな……」と逸れていったり、「まから、まから……まからないかな、このジャケット」「アメ横か!」などとやってるるうちに、追い詰められたこの男は「なんかト書きみたいなのが付いてるよ。アゴのしゃくれた男が何か言ってる。人間はつらいな、人間に生まれてくると本を読めとかみんなに言われるんだ、生まれ変わったら人間はイヤだ、今度は貝になろう、そうだ、私は貝になりたい」と、どこかで聞いた台詞を口走り「冗談言っちゃいけねぇ」でサゲ。一之輔お馴染み『浮世床:私は貝になりたい編』の一席。(笑)

そのまま二席目に入る一之輔。「昨日は『子別れ』の通しをやったんですけど……そういうのじゃなくて、どうでもいい噺をやりたい!」と言って『夢見の八兵衛』(『夢八』)へ。大家に「一晩中寝ないで留守番してくれたら二円やる」と言われた八兵衛が長屋の首つり死体の寝ずの番をする羽目になる噺で、もとは上方落語。東京では柳家一琴が得意とし、一之輔は一琴からこれを教わっている。

冒頭、夢ばかり見て安眠できない八兵衛が、大家に「起きながら寝てる夢を見て、その中で寝てる自分が見てる夢の中で自分が寝ていて、その自分は自分が寝てる夢を見ていて……」と説明する一之輔オリジナルの「夢の数珠つなぎ」のくだり、寝ずの番でお煮染めを食べるときの「脱がせちゃえ」「あ~れぇ~」「ヘッヘッヘ、いい腰つきをしておる」などと妄想に走る八兵衛の浮かれっぷり等々、随所に一之輔らしさ満載だ。眠らないよう床を棒で叩きながら飯を食っていた八兵衛が、部屋の中に誰かいると気づき、それが首つり死体だと判明するまでの過程も抜群に可笑しい。

この噺は手ぬぐいを使って首つりの「無念の表情」を演じるのが見せ場で、顔芸が得意な一之輔にはピッタリ。大騒ぎする八兵衛の様子に興味を持った猫又(年老いた猫の化け物)が死体に毒気を吹きかけると死体が口をきき始めるのだが、一之輔はここで、さっき八兵衛が「ハスは嫌い」と言って残していたのを受けて、死体が「ハス食べたいなぁ~~ハスは美味しいのにどうして食べないのぉ~?」と言うので場内大爆笑。死体の要求に応えて伊勢音頭を歌う八兵衛、縄が切れて落ちてきた死体にのしかかられて気を失い、翌朝大家に起こされると伊勢音頭を歌い出す。日ごろ八兵衛が「お伊勢参りの夢を見て疲れる」と言っていたのを知る大家、それを聞いて「ああ、またお伊勢参りの夢を見てる」でサゲ。一連のドタバタを演じる一之輔、実に楽しそうだ。

ゲストは馬生一門の二ツ目金原亭馬久。前座の「駒松」時代にも時々J亭の開口一番を務めていた。「物事は先へ、先へと気を回さなきゃダメだぞ」と父に叱咤された与太郎が失敗する『近日息子』、馬久は最近得意にしてよく演っているようだ。上方落語だと長屋の連中の会話が大幅に脱線して爆笑を呼ぶが、馬久は東京流のアッサリ味。本人が標榜しているように「普通に」面白い。

再び高座に上がった一之輔は「嬉しいな、おとっつぁんと一緒に初天神に来られるなんて」という始まり方での『初天神』。この入り方といい、父子の会話のすさまじいハジケ方といい、通常の『初天神』ではなく、団子屋でミツの二度漬けをしようとして奉行所に連れて行かれる一之輔オリジナルの改作落語『団子屋政談』のトーンだが、実際には団子屋に父子が捕まることなく、そのまま凧を買いに行って凧上げのくだりで普通にサゲた。後で聞いたらやっぱり『団子屋政談』のつもりで始めたそうで、演ってる途中で凧を揚げる『初天神』フルヴァージョンに切り替えたのだというが、この日はそれで大正解。凧揚げの場面の可笑しさもまた一之輔の『初天神』の魅力で、八五郎の見事な腕前に感動した金坊が「スゲェ! ホントに上手いんだな! 初めてお父っつぁんのこと尊敬した! お父っつぁんの子供に生まれてよかったよ!」と感激して、八五郎が「だろ!?」と得意満面になるところが堪らなく素敵だ。「政談」も好きだが、凧揚げまでたっぷり聞けるのもまた嬉しい。トリネタに相応しい爆笑『初天神』だった。

筆者紹介:広瀬和生
1960年生まれ、東京大学工学部卒。落語評論家。毎日のようにナマの高座に接し、現在進行形の「今の落語」の魅力を語る第一人者として知られる。『この落語家を聴け!』『21世紀落語史』『噺は生きている』『僕らの落語』『落語家という生き方』『談志は「これ」を聴け!』『なぜ「小三治」の落語は面白いのか?』等々、落語の著書多数。音楽誌「BURRN!」編集長でもある。
 
 

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