11月5日(木)「J亭スピンオフ 桃月庵白酒・柳家三三 二人会」@日経ホール。定数半減/配信ありでの開催。演目は次のとおり。
柳家小太郎『唖の釣り』
桃月庵白酒『喧嘩長屋』
柳家三三『坊主の遊び』
~仲入り~
柳家三三『権助提灯』
桃月庵白酒『佐々木政談』
『喧嘩長屋』は白酒が発掘した噺、というより「白酒が創作した噺」と言っていい。2013年3月に高円寺で行なわれた“『落語事典』には載っているけど誰も演っていない落語を発掘しよう”という企画公演「落語事典探検部」で、『落語事典』に載っている短いあらすじを基に、白酒が作り上げた。ほとんど新作落語と言っていい作品だ。
白酒の『喧嘩長屋』といえば“クシャミ”である。亭主が「おーい」とか「ねえ」とか声をかけると「あたしにはおみつって名前があるのよ!」と返し、「何もしてないけど忙しいの! 気ぜわしいのよ!」と言い張り、「寒いね」と亭主が言えば「え? あたしのせい?」と反発する、不機嫌な妻。この妻の挑戦的な発言の数々だけでも充分可笑しいが、怒りに火をつけるのが亭主の「ハックショーイ、チクショーメ、チクショーメ」という“尾を引くクシャミ”。「やめてちょーだい!」と言われて今度はクシャミを必死に我慢しようとして中途半端に「ハフッ」となってしまう。その顔の可笑しさはもう卑怯なくらい。「なんなのそれは! 気持ち悪い!」と怒る女房に亭主も遂に我慢しきれず手を出すが、女房のほうが圧倒的に強い。
この夫婦喧嘩の仲裁に来た大家と喧嘩になり、その仲裁に来た男とも喧嘩になり、通りすがりのアメリカの宣教師とも喧嘩に…とエスカレートしていく、それぞれの喧嘩のバカバカしさは白酒ならでは。「白酒が演るからこそ面白い」落語の典型だ。
剃髪した隠居が酒癖の悪い床屋の親方と吉原に行って散々な目に遭い、酔っぱらった花魁が「坊主は嫌い」と言い捨てて寝込んだ腹いせに花魁を剃刀で坊主頭にしてしまう『坊主の遊び』。志ん生が演っていたものを丁寧に磨き上げて志ん朝が演っていたが、志ん朝亡き後は三代目圓歌しか演り手がいなくなった。圓歌の『坊主の遊び』は二代目から継承したもので、志ん生/志ん朝とは筋が異なる。その圓歌の『坊主の遊び』を三三が継承した。
志ん朝の『坊主の遊び』では、往来で隠居が床屋の親方に出会い、前から誂えたいと親方に頼んでいた剃刀を手に入れ、話の流れで吉原に一緒に行ってみると、この親方がとんでもない酒乱だったと初めてわかる、という展開。一方、三三が演じた『坊主の遊び』は圓歌と同じで、隠居が吉原通いの供に毎度床屋の親方を連れて行き、その度に酒癖の悪さで隠居をしくじっていたという設定。いつになく大きなしくじりをやらかした親方が女房や客に「ご隠居に詫びに行け」と諌められてションボリとやって来て、隠居は隠居で吉原に行きたかったのですぐに許してそのまま吉原へ、という展開。仕事中に剃刀を持ったまま来たので店に帰って置いてくると言う親方に、隠居は「里心がつくといけないから剃刀は私が預かっておく」と言い、親方は「今日は飲まない」と約束する。しかし酒宴で飲まずにはいられない親方、茶碗で酒を飲んで大暴れ、出て行ってしまう。
延々と待たされてやって来た花魁は「私はしつこい客は嫌い、年寄りが苦手、坊さん嫌いなの! 触らないで!」と言い捨てて寝込んでしまう。腹を立てた隠居は最初は眉を剃り落し、次に鬢、結局くりくり坊主にしてしまうが、「これじゃ商売にならないから身請けしてくれ」などと言われてはかなわんと気づいてソッと逃げ帰る隠居。翌朝、花魁は「お客さん帰っちゃったぞ、見送らなきゃダメじゃないか」と起こされ、フラフラしながら立ち上がって柱に頭をぶつけ、「痛い」と頭を押さえて「なんだ、お客さんまだここにいるじゃない」でサゲ。考えてみれば隠居の仕打ちは酷いが、そう感じさせないのが三三の腕というものだろう。
今の落語界で演じられている『権助提灯』は談志が「この噺は嫉妬する女二人の意地の張り合いだ」と解釈し、権助と旦那の会話に力点を置いて二つの家を行き来する主従を映画的カットバック手法で描くような噺にこしらえたもの。それが後輩を通じて寄席の世界に広まった。三三が演じているのも当然それで、今や『権助提灯』と言えば“三三のネタ”のイメージだ。談志は妾を「イヤーン! ダメよォ!」などと言う現代的な娘として演じたが、三三が演じるのはあくまでも妾らしい妾だ。
名奉行と謳われた南町奉行の佐々木信濃守が、町で見かけた子供のお奉行ごっこでの桶屋の倅の四郎吉の頓智頓才に感心し、奉行所に呼んであれこれと問答を仕掛け、ますます気に入って士分に取り立てることになる『佐々木政談』。奉行の前で与力の不正まで知っていると匂わせる四郎吉は、ヘタすると生意気でイヤな子供になりがちだが、白酒が演じると生意気な口の利き方が演者自身の毒舌キャラと被って楽しめる。「衝立の仙人が何と言っているか聞いて参れ」と奉行に言われて四郎吉が「絵に描かれたものが口を利くわけがない、それを聞けとは佐々木信濃守はバカじゃと」と答えると、奉行はハッハッハ!と大笑いして桶屋に向かい「良い息子を持って幸せであるな! 15になるまでそちに預ける。15になったら連れてまいれ、近習に召し抱えてつかわす」と宣言。そして四郎吉に「このことは決して他言無用じゃぞ」と言うと四郎吉が「わかっております。あたいも桶屋の倅、決して漏らしはいたしません」と答えるのは白酒独自のサゲ。この噺、多くの演者が手掛けているが、「白酒の得意演目」という印象が強く、今日も安定の楽しさだった。