10月16日(金)「J亭スピンオフ 桃月庵白酒・柳家三三 二人会」@日経ホール。5月の「J亭スピンオフ」が延期になってこの日の開催となったもの。今回も定数半減、配信あり。演目は次のとおり。
柳亭市江『近日息子』
柳家三三『加賀の千代』
桃月庵白酒『死神』
~仲入り~
桃月庵白酒『だくだく』
柳家三三『素人鰻』
市江は来年3月に真打昇進して「燕三」を襲名することが決まっているという。『近日息子』は長屋の連中が集まった際に「言い間違い」を巡って喧嘩になり糊屋の婆さんの弔いの話題を持ち出すというくだりがある演り方。
『加賀の千代』は甚兵衛さんが隠居のところに借金に行くのが本題で、女房に教わったとおりに言おうとして失敗したり正直すぎる本音を言ったりして笑わせる噺。なのでそこへいくまでの甚兵衛さんと女房の会話は“仕込み”ということになるが、三三の場合はこの夫婦の会話がほのぼのと面白くて実に印象的。三三の落語観がそんなところに表われている気がする。こういう軽い噺を伸び伸び演じている三三の魅力はまた格別だ。
白酒は大ネタでも登場人物の会話には常に滑稽噺のテイストが漂う。『死神』は太ってて血色のいい死神が愛嬌があって楽しい。冒頭で死のうとする男が「死んじゃダメだよ!」と止める死神に「お前たち寿命を取るんだろ? なんで助けるんだよ」と反論すると、この死神は「死神っていう名前が良くない。僕たちは寿命が尽きた人間をあの世に導く“導き神”なんだ」と訴える。「俺おまえの担当なんだ。寿命が尽きる前に死んじゃいけないよ、一生懸命生きればきっといいことある!」と励まし、「医者をやれよ」と言って、「枕元に死神が座ってたら手遅れだけど、足元に死神がいたら呪文で追い払えば病人は助かる」と教えてくれる。
「呪文教えてやるけど、三つの約束を守れよ」と言って「枕元の死神には手を出すな」「呪文は他人に教えるな」と約束させた死神に「もう一つは?」と突っ込む男。「えっ!?」とうろたえながら明らかに思いつきで「早寝早起き」と答えるくだりのバカバカしさが白酒ならでは。「二度と言わないからな」と言いながら「アジャラカモクレン」の呪文を適当に聞いていた男のために「もう一度言うぞ」と教えるとまたそこも突っ込まれる。(笑)
「医者なんてうまくいくわけないだろ」と信用せず死のうとする男に死神は「手伝ってやるから死なないでくれよ」と言い残して去る。医者の看板を上げた途端に近江屋の使いが来て「太って血色のいい占いの先生のお見立てで」ここへ来たという。近江屋の主人を治して十両を手にした男に翌日クチコミで依頼が殺到、治療費の一番高いところへ行きまたも呪文で病人を治して稼ぎを一晩で飲んでしまう。そこへ伊勢屋の使いが来たので「時間外は高いよ」と言いつつ行ってみると枕元にいる。「これは無理だ」と言ったものの「千両でどうでしょう」と言われ、男はごく軽い気持ちで“布団ひっくり返し”に至る。その手段が「“かごめかごめ”で布団をグルグル回して遊ぶふりをして死神を油断させていつのまにか足元に」というのがまた素敵だ。
人の寿命の蝋燭が並ぶ洞窟に連れて行かれた男が見た自分の蝋燭は燃え尽きる寸前。「さっき変なことしたから寿命取り替えちゃったんだよ。もう手遅れ」と言う死神に「助けてくれよ! じゃないとお前に教わったって閻魔に言うぞ!」と脅して燃えさしの蝋燭を出させる男。自分の蝋燭の火を無事に燃えさしに移すと、クシャミで吹き消しそうになるが危うくセーフ。すると死神が「気を付けろよ、その蝋、熱いから」と声をかけ、「えっ? アチッ!」と蝋燭を放り出してしまうという皮肉なオチ。白酒ならではの“笑える『死神』”、さすがである。
白酒の『だくだく』は絵を“盗んだつもり”になっている泥棒に住人が「待ちやがれ!と絹布の布団を跳ね上げたつもり」と向かっていくと「えっ、お前、絵じゃねえの?」とビックリして始まる泥棒と住人の“つもり合戦”が面白い。
「お袋が長の患いでつい出来心で、今回ばかりはお見逃しを……と涙ながらに訴えたつもり」
「そんな理由が……と思わずもらい泣きをしたつもり」
「油断させておいて、懐の吹き矢をフッ!フッ!フッ!と吹いたつもり」
「そんなことは先刻承知とムッ!ムッ!ムッ!と避けたつもり」
「ならばと手裏剣をエイ!エイ!エイ!と投げたつもり」
「片っ端からタッ!タッ!タッ!と受け止めたつもり! 槍を取って構えたつもり!」
「絶体絶命……煙玉でドロンと消えたつもり!」
「どこだ? どこ行った……神経を集中して『そこだ!』と突いたつもりっ!」
吹き矢をかわしたり手裏剣を捕る動きがなんとも可笑しく、「煙玉でドロンと消えたつもり」「どこだ?」という応酬がバカバカしくて最高だ。槍で突かれてからは通常のサゲへ。
『素人鰻』は“士族の商法”がテーマ。江戸で三本の指に入ると評判の鰻裂き“神田川の金”が士族の“中村の旦那”に鰻屋を勧めて自分が手伝うと進言するが、この金がとんでもない酒乱。名店「神田川」を辞めたのも酒での失敗ゆえ。禁酒を誓って勤め始めたものの、開業祝の席を設けた朋輩に酒を勧められ、最初は機嫌よく飲んでいたが段々と酒乱の本性が現われ、しまいには大暴れ。ここで三三は金が酔いが回っていく過程をたっぷり時間をかけて丁寧に演じ、聴き応え満点だ。
出て行った金はそのまま吉原へ行き、翌朝勘定が払えず付き馬を引っ張って鰻屋へ戻ってきた。旦那は勘定を払い金を許したが、この日の繁盛を祝って「徳利二本だけ」という約束で飲ませたところ、また大暴れ。三日目を終え、今度は金が勝手に台所で盗み酒でヘベレケに。「出ていけーっ!」と言われた金は、もう帰ってこない……というわけで四日目は旦那が自ら鰻を捕まえて裂く羽目に。この旦那と鰻との格闘のドタバタがまた実にリアル、その中での旦那と奥方との会話に“士族の商法の可笑しさ”が見事に表現されている。この噺をここまで楽しく聴かせてくれる演者は貴重だ。さすがは三三!と感心させられた。