広瀬和生の「J亭を聴いた」第27回大手町二人会 白酒・三三(令和5年5月分)

2023年5月25日(木)「J亭スピンオフ 桃月庵白酒・柳家三三 大手町二人会」@日経ホール

演目は以下のとおり

春風亭与いち『胴斬り』
桃月庵白酒『しびん』
柳家三三『磯の鮑』
~仲入り~
柳家三三『締め込み)』
桃月庵白酒『化物使い』


与いちは春風亭一之輔の二番弟子。夜道で侍の試し斬りに遭って真っ二つにされた男の上半身が湯屋の番台、下半身が蒟蒻屋に奉公する『胴斬り』は、東京では『首提灯』のマクラの小咄に用いられることが多いが、上方では一席ものとして演じられる。東京では三遊亭歌武蔵の十八番で、与いちの『胴斬り』も歌武蔵の型。与いちはトボケた味わいで楽しく演じた。


田舎侍が道具屋で使い古した尿瓶(しびん)を高価な花器と勘違いして五両で買ってしまう『しびん』は八代目桂文楽の演目だが、白酒の大師匠である十代目金原亭馬生も手掛けており、文楽の『しびん』は三遊派の系統、馬生は柳派の系統だという。もちろん白酒は馬生の系統で、ラストで尿瓶の持ち主であるお婆さんに病身の母親の振りをさせるのは馬生の型だが、宿でこの侍に本屋が尿瓶の謂われとして語るのは馬生の「野猿が喧嘩をして相手が死んだかどうか確かめるのに小便をかける」という故事ではなく、文楽と同じく「死んだふりをした虎の口に象が小便をかける」という故事。白酒は道具屋から宿に帰る途中の侍が尿瓶を持って歩く姿を見て町人があれこれ噂する場面を挿入して笑いどころを増やしている。「それは尿瓶では?」と言う本屋に「おわかりか!」と得意そうに答える侍の様子の可笑しさは白酒ならでは。現代の観客にわかりやすく、サゲに関わる“道具屋の符丁で「買わずに帰る」ことを「小便」と言う”ということを白酒はマクラで説明していた。現代の演者で『しびん』をこんなに面白く演じるのは白酒だけだろう。


町内の若い連中が吉原通いをしているのを知って女郎買いに興味を持った与太郎が、悪戯好きの熊五郎に「女郎買いの師匠に稽古をつけてもらえ」と指示されて、真に受けた与太郎が“師匠”と名指しされた隠居の許を訪ねる『磯の鮑』は初代柳家小せんの演目で、八代目林家正蔵や二代目桂枝太郎が演じていた。少し前まではあまり聞かない演目だった『磯の鮑』を最近の若手がよくやるようになったのは、三三が高座に掛けているからだろう。熊五郎の悪戯に付き合って隠居が与太郎に“女郎買いの心得”を授けるくだりは後半の“与太郎の失敗”への仕込みだが、こういう場面をダレさせずに楽しく聞かせてくれるのはさすが三三。隠居の教えを忠実に実行しようとして与太郎が失敗する可笑しさも三三は格別で、若手がこの噺をやりたくなるのはよくわかる。与太郎を“バカ”というより“純真で可愛い奴”として演じるのは三三の“与太郎噺”の楽しさの源で、特に『磯の鮑』においては全編それが際立っている。“三三の演じる可愛い与太郎”を堪能するにはもってこいの一席だ。


留守宅に入った泥棒が荷造りをしたまま床下に隠れ、その荷を見た八五郎が女房のおふくが駆け落ちするつもりだと思い込んで派手な夫婦喧嘩になる『締め込み』は三三が得意とする“泥棒噺”の代表格で、「おかめ!」と罵られたおふくが泣きながら「行儀見習いをしていた自分に出刃庖丁を手にしながら血走った眼で言い寄ってきた八五郎がおふくの両親に『おふくさまは私にとって生きた弁天様です、どうか一緒にさせてください』と頭を摩りつけて挨拶した」経緯を早口で一気にまくしたてる場面は三三の真骨頂。泥棒が寝込んでしまうサゲまでやらず、仲裁に入った泥棒に感謝する場面で終える三三の演出は“盛り上がったままスパッと終える”という理想的なやり方で、些細なことだが重要だ。


『化物使い』は井原西鶴の『武道伝来記』の中にある話を明治になって落語化したもの。最も古い速記は六代目金原亭馬生(後の四代目古今亭志ん生)の大正二年のもの。戦前では七代目三笑亭可楽が、戦後は五代目柳家小さん、三代目桂三木助、八代目林家正蔵、五代目志ん生らが演じた。志ん生の『化物使い』は冒頭の口入屋の場面もご隠居が奉公人に次々と用を言いつける場面もなく、すぐに「よく働く奉公人が来て三年後、化物屋敷に引っ越す」ということになる。一つ目小僧、大入道、のっぺらぼうの女が出てくる白酒の『化物使い』のベースは志ん朝の型だろう。志ん朝は口入屋の場面から引っ越しの日までの展開については三木助の型を踏襲しており、白酒もほぼ同じ。出てくる化け物は志ん生・正蔵・三木助らは一つ目小僧と大入道が出てくるだけで、のっぺらぼうは出てこないが、小さんの『化物使い』では一つ目小僧、青い顔して痩せこけた女(幽霊)、大入道と出てきた後で、のっぺらぼうの女が出てくる。この演出は三代目柳亭燕枝のものだという。この“のっぺらぼうの女”をフィーチュアして「玉子に目鼻って言うけど玉子そのまんまだ」「なまじ目鼻がついてるんで苦労してる女はいくらもある」「どっかから見てるんだな」等の名フレーズを生み出したのは志ん朝の秀逸な演出で、白酒もそれを踏襲している。厳格な隠居がのっぺらぼうの女が出てきた途端にウキウキしたり女の機嫌を取ろうとしたりする可笑しさも志ん朝がルーツ。その“志ん朝の面白さ”を演者の個性でブーストして聴き応え満点の噺にしているのが白酒の『化物使い』だ。志ん朝は「こう化物使いが荒くては、とても辛抱なりかねます」とサゲていたが、白酒はその手前の「お暇をください」でサゲている。

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