広瀬和生の「J亭を聴いた」第28回大手町二人会 三三・一之輔(令和5年7月分)

2023年7月13日(木)「J亭スピンオフ 柳家三三・春風亭一之輔 大手町二人会」@日経ホール

演目は以下のとおり

桃月庵黒酒『饅頭怖い』
柳家三三『元犬』
春風亭一之輔『かんしゃく』
~仲入り~
春風亭一之輔『提灯屋』
柳家三三『千両みかん』


開口一番を務めた黒酒(くろき)は桃月庵白酒の三番弟子。前座名は「あられ」で、昨年11月に二ツ目昇進した際に改名した。落ち着いた語り口と堂々とした高座態度は既に若手らしからぬ安定感を感じさせ、いくつか自分なりの工夫も入れつつ『饅頭怖い』を正攻法で演じて楽しませた。


三三の数多い古典の持ちネタの中でも『元犬』は異色とも言える“ハジケた”演目。犬から人間になったシロが、立ち居振る舞いの随所に「犬の習性をそのまま残している」のがなんとも可愛い。ここまで「犬としての可愛さ」を前面に押し出している『元犬』は三三だけだ。上総屋がシロの犬そのままの振る舞いに戸惑いながらも懐いてくるシロを可愛がってしまう一連のやり取りの楽しさは唯一無二。奉公口として隠居のところに連れて行かれてからの描き方も独特で、シロが女中の“おもと”と出会ったことで意表を突く独自のサゲへ向かう大胆な演出は「三三がここまでやる」意外性を含め、強烈なインパクトがある。三遊亭白鳥作品など新作落語をやるときに見せる「伸び伸びと遊ぶ三三」が楽しめる逸品だ。


『かんしゃく』という噺は明治生まれの実業家が益田太郎冠者の名で書いた新作落語。八代目桂文楽が、原作より少し後の時代に舞台を設定し、「自動車」「扇風機」「電話」「アイスクリン」といった風俗を取り入れて十八番とした。柳家小三治はそれを受け継ぎながら、中間部で人情噺のテイストを濃厚に漂わせることで“夏の名作落語”として磨き上げた。現役では橘家圓太郎が、ガミガミ怒鳴りまくるワンマン亭主を戯画化して描くことで「怒鳴りまくる様子の可笑しさ」を見事に表現している。


一之輔が『かんしゃく』をネタおろししたのは2022年10月の「春風亭一之輔~三昼夜ファイナル~」第二夜でのこと。その時点ですでに一之輔は、ラストでワンマン亭主が「静子ーっ! よく帰って来てくれたーっ!」と怒鳴ってから「だがな、これでは怒鳴ることができん!」というサゲへ向かう演出を考案していた。「よく帰って来てくれた」というワンクッションを置くことによって、亭主に“女房に甘える男”という意味での可愛げが醸し出され、だからこそ「怒鳴ることができん!」と怒鳴る可笑しさがサゲとして効いてくるという見事な発想だ。


一之輔の『かんしゃく』は、前半の「怒鳴りまくる亭主」の場面で極端に大きな声(しかもちょっとヘンなアクセント)を出しまくることによって戯画化を徹底し、ワンマン亭主というより「ヒステリックな小言幸兵衛」的なバカバカしさを表現して笑いを生んでいる。今回の口演では、実家で静子を父親が諭す中間部で小三治にも通じる“人情噺”のトーンを強め、見事なダイナミズムを生んでいた。“パワハラ”“モラハラ”が問題視される現代において、一之輔は『かんしゃく』という噺の「現代に相応しい演じ方」を見つけたと言えるだろう。


提灯を実際に使うことがなく“紋”にも馴染みが薄くなった現代において、『提灯屋』はそもそも題材として親しみにくく、上方でスッポンを「マル」、ニワトリを「カシワ」と言うといった仕込みが必要なため、高座に掛ける演者は少なくなったが、一之輔の『提灯屋』は別格で、何度聴いても面白く、古臭さをまったく感じさせない。チンドン屋の広告をもらった町内の若い連中が「何屋ができたんだろう」とあれこれ勝手に想像する場面を、一之輔は独自の台詞回しで膨らませていて、独特のトボケた楽しさがある。「描けない紋があったら提灯を無料で進呈」とあるのを知って次々に提灯屋を訪ねてこじつけの“判じ物”で提灯をただで手に入れるくだりも、一之輔は悪ふざけに興じる連中のバカバカしさにスポットを当てて勢いよく演じ、聴き手は悪だくみの一味に加わったような愉しみを共有することになる。若い男たちの「ワイワイガヤガヤ」をやらせたら天下一品の一之輔ならではの、いかにも落語らしい一席だ。こういう噺も、いつまでも残ってほしいものである。


『千両みかん』という噺は元は上方落語で、初代松富久亭松竹(笑福亭の祖)の作とされる噺。東京では八代目林家正蔵、五代目古今亭志ん生が演じ、十代目金原亭馬生や柳家小三治が磨きを掛けた。みかん問屋でひとつだけ無事なみかんが見つかったとき、東京ではいきなり「千両いただきます」と言われるのが普通だが、上方では事情を聞いたみかん問屋が「人の命が助かるのなら、ただで差し上げます」と言うのに対し「そうはいきません。うちも名の知れた大店です。買わせていただきます」と番頭が答えて「そうですか。では千両いただきます」となる。三三は上方演出を踏襲して、みかん問屋に一旦「ただで差し上げます」と言われたのを番頭が「いえ、私も商人、買わせていただきます」と断わり、「では千両です」と言われるという展開で演じた。東京では五街道雲助もこの上方演出を用いている。


三三の『千両みかん』は、最初に訪れた八百屋での会話や荒物屋が「逆さ磔の怖さ」を語るくだりを大きく膨らませて独自色を打ち出すなど、番頭の心情に寄り添った丁寧な描き方が特徴的だ。つい「たかがみかん」と思ったことで窮地に陥り、夏の暑さの中で駆けずり回った番頭が、奇跡的にみかんを見つけ、それが千両と言われても動じない主人や若旦那の姿を目の当たりにしたときの、どこか白昼夢のような不思議な感覚を聴き手が共有することによって、「番頭がみかん三袋を手にして逃亡する」というシュールなサゲも自然に受け入れることができる。三三自身が番頭の了見になりきることで生まれた名演だ。

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《もう一度見たい名演》三遊亭兼好「死神」(令和2年12月『第12回三遊亭兼好独演会冬スペシャル』より)

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《もう一度見たい名演》春風亭一之輔「浮世床」(令和5年3月『第26回J亭スピンオフ企画より)

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ルート9fes 2024 昼の部

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ルート9fes 2024 夜の部

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神田連雀亭オンライン寄席2024年三月昼席

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