広瀬和生の「この落語を観た!SP」 落語一之輔/春秋三夜 2024春(令和6年4月分)

2024年4月19日(金)20日(土)21日(日)

「落語一之輔/春秋三夜 2024春」

 春風亭一之輔独演会@よみうり大手町ホール

  <第一夜の演目>

    春風亭㐂いち『風呂敷』/一之輔『松山鏡』『花見小僧』 ~仲入り~ 一之輔『刀屋』

  <第二夜の演目>

    朝枝『転失気』/一之輔『館林』『馬の田楽』 ~仲入り~ 一之輔『甲府い』

  <第三夜の演目>

    春風亭いっ休『鰻屋』/一之輔『蜘蛛駕籠』『花筏』 ~仲入り~ 一之輔『百年目』

 よみうり大手町ホールでの読売新聞社・産経新聞社共同主催による春風亭一之輔独演会「落語一之輔」シリーズが始まったのは2014年10月のこと。初年度は「落語一之輔一夜」と銘打ち、『文七元結』のネタおろしが“売り”。この時点で翌2015年にはネタおろし2席の「落語一之輔二夜」、2016年にはネタおろし3席の「落語一之輔三夜」……と毎年「一夜」ずつ増えていって2018年の「落語一之輔五夜」で完結する“五ヵ年計画”であるということが見えていた。この五ヵ年計画においては一年目の『文七元結』に続いて二年目が『三軒長屋』と『百年目』、三年目が『三井の大黒』『睨み返し』『柳田格之進』といった具合に「大ネタ初演を予告」するというのが基本コンセプトで、三夜連続ぐらいまではまだしも、四夜連続、五夜連続となるとプレッシャーも尋常ではなかったはず。だが一之輔は見事にそれをやりきった。

 2018年10月23日、僕は「遂に五ヵ年計画もフィナーレか」という感慨と一抹の寂しさも覚えつつ「一之輔五夜」初日の会場に入った。すると驚いたことに、配布されたプログラムには「次回予告」として2019年10月の「一之輔七夜」の開催が明記してあった。1981年の「志ん朝七夜」や2006年の「談春七夜」を想起させるネーミングでの、七日間連続の独演会である。一之輔はさらに次のステージに向かうのか!という衝撃があった。

 この「一之輔七夜」は「一夜」から「五夜」までの5年間を振り返る“アンコール公演”という意味合いが強く、ネタおろしはなかったが、プログラムにはなんと「次回予告」として2020年の「一之輔三昼夜」開催が謳われていた。今度は「昼夜の独演会」を3日間連続で!?と新たな衝撃が走る。そして迎えた2020年の「三昼夜」。昼公演は「一之輔プロデュース公演」で、初日は色物が大勢出演して紙切りの林家正楽がトリ、2日目は仲の良い三遊亭天どんとの二人会、3日目は春風亭一朝との親子会という趣向だったが、夜公演では再び「一夜一席ネタおろし」が復活。翌2021年には同趣向の「三昼夜再び」が行なわれ、2022年には「三昼夜ファイナル」が行なわれたが、その「ファイナル」のプログラムでは2023年11月「秋三夜」と2024年4月「春三夜」の開催が予告されていた。

 「落語一之輔」10周年の節目となった2023年の「秋三夜」でも「一夜一席ネタおろし」は続き、『だくだく』『水屋の富』『按摩の炬燵』を初演。そして今年、4月19・20・21日に行なわれた「春三夜」では『松山鏡』『馬の田楽』『花筏』がネタおろしだった。

 そもそも一之輔はこのシリーズ以外でも「真一文字の会」などの勉強会で積極的にネタおろしをしていて、持ちネタの数は実に多い。2022年3月に一之輔に持ちネタの数を尋ねたところ「226」、その1年後の2023年3月には「234」に増えている。それだけネタを持っているということは、逆に言うと「それまでやっていない演目には手を付けていない理由がある」のかもしれない、とも思えてくる。立川談志は「ネタ数は200くらいでちょうどいい」と言い、晩年の著書『談志の根多帳』では「“演らない”にも訳がある」と題した章を設け、様々な演目を具体的に挙げて「なぜやらないのか」を語っていたくらいだ。

 例えば昨年の「秋三夜」のネタおろしのうち、『水屋の富』は志ん生の演目だが、倅の志ん朝が「儲からないネタなので誰もやらない」と言って高座に掛けたことがあるし、『按摩の炬燵』は八代目文楽の演目だが「按摩を炬燵代わりにする」という行為がこのご時世にはコンプライアンス的にどうなのか、と躊躇してもおかしくない。

 だが一之輔は『水屋の富』では人間という存在の不可思議さ、哀しさ、愛おしさを見事に表現して聴き応えがあったし、『按摩の炬燵』に関してはやはり按摩を主役とする『麻のれん』(別名『按摩の蚊帳』)を得意としている一之輔らしく、按摩を炬燵代わりにするという“ヘンな状況”を楽しく聴かせてくれた。

 今回の「春三夜」初日にネタおろしした『松山鏡』は、民話のようなほのぼのとした噺。鏡の存在を知らない田舎の人々が実に愛らしく表現されていて心地好かった。無理のある設定を無理があるとは思わせずに素直に楽しませてくれる一之輔の力量に感服した一席。

 2日目のネタおろし『馬の田楽』も田舎を舞台とする噺で、全員が“落語国の田舎言葉”で話す。柳家小三治が頻繁に高座に掛けていた演目で、現役では桃月庵白酒が滑稽味全開のドタバタとして演じて実に楽しい。今回ネタおろしした一之輔の『馬の田楽』では、五代目小さんや小三治が醸し出していた“田舎ののんびりした空気感”が見事に表現されていたのが素晴らしい。この噺、「馬がどこかへ行ってしまった」という状況が何ら解決されないまま終わってしまうわけだが、「それでまったく問題ない」のが落語という芸能の素敵なところで、『馬の田楽』は馬の失踪事件を「のんびりした田舎の日常」として呑気な空気感で描くことこそが肝要。初演にして一之輔はそれが出来ていた。個人的には小三治で何度となく聴いた『馬の田楽』を思い出したほど。この夏、どんどん高座に掛けてもらいたい。

 『花筏』は今回がネタおろしだというのが不思議なほど、一之輔に似合っている噺だ。病気の大関花筏の身代わりとして銚子に行った提灯屋のお気楽なキャラは一之輔の真骨頂であり、そんな提灯屋が地元で負け知らずの千鳥ヶ浜と対決する段になって怯える様子は実にリアル。一方の千鳥ヶ浜が親に諭されて疑心暗鬼に陥り墓穴を掘る展開にも説得力がある。この両者の“遺恨相撲”の模様を実況中継よろしく地の語りを駆使する一之輔の生き生きとした描写は秀逸で、笑いもふんだんに交える演出に引き込まれているうちにスパッとサゲへ。「これぞ落語!」という爽快感が残る一之輔の『花筏』は今後得意ネタとして残るだろう。

 今回の3席のネタおろしを終えた一之輔に現在の持ちネタ数を尋ねたところ、返ってきた答えは「245」。大したものである。当代随一の売れっ子である一之輔が『笑点』メンバーとなった当初、高座への影響を懸念する向きもあったようだが、一之輔に限ってそんな心配は無用であることを、このネタ数が雄弁に物語っている。

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