広瀬和生の「J亭を聴いた」第10回大手町二人会 白酒・一之輔(令和元年11月分)<101>

11月21日(木)は「白酒・一之輔」二人会。演目は以下のとおり。

桃月庵こはく『子ほめ』

柳家三三『しの字嫌い』

春風亭一之輔『明烏』
〜仲入り〜
春風亭一之輔『代脈』
柳家三三『大工調べ』

三三の一席目は『しの字嫌い』。奉公人の清蔵が屁理屈ばかり言って逆らうのに辟易した旦那が、太閤秀吉が曽呂利新左衛門に「しり」という言葉を禁じた逸話にヒントを得て、清蔵に「縁起が悪いから“し”という字は使ってはいけない」と命じるのだが、「うちでは一切使わない」という言い方をしたため、「“し”の字を使ったら給金をやらない」と清蔵に罰則を科す代わりに旦那は「自分が“し”の字を言ったら何でも好きなものをやる」と約束する羽目に。

三三の『しの字嫌い』では旦那も清蔵も“し”を言わないようビクビクしている様子が実にリアルで、むしろ旦那のほうがしゃべりかたがぎこちないのが可笑しい。旦那が清蔵に銭勘定させて罠に嵌めようとするが、清蔵は引っかからない。「しぶといやつだ」と旦那が漏らすと清蔵「ほーら言った、この銭みんなオラのもんだ、しめしめ……あっ!」でサゲ。従来は旦那が失敗してサゲだったのを、清蔵も油断して言ってしまう、という形にしている。

一之輔の一席目は『明烏』。差配人の稲荷祭りで子供たちと太鼓を叩いて遊んだ話を生き生きと語る時次郎の様子だけでこの二十歳の若者がいかに奥手かがわかる。「おこわを十三杯おかわりしてお腹がパンパン」という倅に父が諦めたような口調で「よく食べたねぇ、腕白、腕白」と返すのが一之輔らしい。

一之輔の『明烏』は、ウブな時次郎を扱い兼ねる源兵衛と太助の視点から描く噺となっていて、源兵衛と太助をしっかり描き分けている。「いくら酒を差されてもみんな盃洗にあけます!」と屈託なく言う時次郎に「言わないほうがいいね!」、「全部お勘定を澄ましてしまいますがそれでよろしいでしょうか?」には「宜しくお願いしまーす」と間髪入れず答える二人組、「町内の札付き、悪の権化」と言われると「そうですね、悪の権化、街のダニと言われてます」と源兵衛は自虐的だが、太助は後で「俺は傷ついたよ」と告白、大門に連れて行ってと頼む時次郎に「ナァニを言ってる! 俺達ァ町内の札付き、悪の権化だ、お前が言ったんだろ!」と撥ねつけて源兵衛に「いつまで根に持ってるんだよ!」と突っ込まれる。

澄みきった目でお籠りを楽しみにする時次郎に大鳥居がなぜ黒いのかと訊かれた源兵衛が「そりゃあ……黒く塗ったからですよ」ともっともらしく答える。茶屋の女将が「あたくしが当寄宿舎のお巫女頭でごじゃる」と言ってしまうのがバカバカしくて笑える。その後、遂にここが吉原だと知ってしまい泣きじゃくる時次郎に「大門で縛られる」という吉原の法を説くのは太助。これに対して源兵衛が「いつから?」と物わかりが悪い。この演出は志ん朝が導入したもので、桂文楽の『明烏』にはなかった。

座敷でメソメソしていた時次郎を花魁の部屋に誘うおばさんのキャラが強烈。「オバサンです!」「嘘だオジサンだ!」と怯える時次郎は、決然と「世界中に立派な女性は大勢いるんですよ、聞いてください! ナイチンゲールはクリミア戦争において三千人の兵士を癒したんですよ!」と言って芸者やおばさんたちに更生を促すが、おばさんは平然と「この吉原でも日夜三千人のナイチンゲールが男の人を癒してます」と腕づくで時次郎を連れ去る。

翌朝、時次郎が花魁と過ごす部屋で甘納豆を食べる太助。「女に振られて清らかな身体で帰る……(手に取った甘納豆を見て)明日からいい職人になろう」「甘納豆に誓ってるんじゃねェよ!」 絶世の美女、浦里にもてなされた時次郎が「結構なお籠りで……」と恥じらう様子が可愛い。「花魁は布団の中で私の身体をグッと押さえて離さない……あっ、苦しひ♪」「……(憮然として)太助さん、そんなとこで甘納豆食ってる場合じゃねぇぞ! 今の聞いたか、苦し“ひ”って言ったぞ! 若旦那、今のあなたの姿をナイチンゲールが見たらどう思うかね!?」

吉原のない現代で、ともすれば説得力のない噺になりがちな『明烏』を、一之輔は「坊ちゃん育ちの世間知らずに振り回されて割を食う」噺として演じることで観客を大いに楽しませてくれる。

仲入り後は一之輔が『代脈』。名医・尾台良玄の弟子の銀南が伊勢屋のお嬢さんのところに代脈に行く噺。この銀南の自由すぎる傍若無人なキャラが一之輔ならでは。先生に教わったとおりの展開を番頭相手に再現しようとする強引さが抜群に可笑しい。「番頭さんの前だけど医者って難しいね」「人の命を預かってますから」「命なんかどうだっていいんだよ! 羊羹の食べ方が難しいんだよ! 羊羹は食べ飽きてるって顔をしなきゃいけないけど、こんな美味しそうな羊羹は食べたことがない! おひとついかがって言え!」 こんなやり取りが続く。

この銀南が羊羹の切り口の砂糖の“カリカリ”が好きだというこだわりを延々と語るのがバカバカしくていい。話しているうちに先生に“羊羹カリカリ茶漬け”を勧めたら不味そうだと断られたことを思い出すと「食べたこともねェのに何言ってんだって話だよ! どう思う?」と番頭に訊く。「どう思うと言われましても」「自分の意見はないのかよ!」「美味しくなさそうかと」「お前の意見なんかどうでもいいんだよ!」 激高して「先生にこの件で談判する!」と帰ろうとする銀南を引き留めてお嬢様の触診に。「御老母様」を「ゴロンボさん」と言い違えるくだりでは刑事コロンボの物真似も。アドリブ満載の強烈な『代脈』だった。

トリは三三の『大工調べ』。棟梁が啖呵を切って終わるのではなく、後半の奉行の名裁きを描き、「大工は棟梁」「調べをごろうじろ」のサゲまで演った。棟梁と大家はもともとお互いのことが嫌いで、それが徐々に露わになって喧嘩に至る過程の描き方が抜群に上手い。三三が演じる与太郎の可愛さも特筆モノだ。

棟梁は「言いづくならタダでも返せるけど相手が悪い」という内輪話をした後で「だから下手に出てよくわけを話してもらって来い」と釘を刺し、「お屋敷の門限に遅れたら困るから」と理由も話している。だが、言うべきことを確認しようとしたのに「いいからとっとと行け!」と棟梁に一喝されて慌てて出てきたのでウロ覚えな与太郎は、内輪話の「言ってはいけないこと」だけ大家に言ってしまう。与太郎なりに頑張った結果だ。この与太郎の言い方から大家は即座に「尻押しがいる」と気付く。自然な流れだ。

その経緯を聞いた棟梁は「ああーっ」と頭を抱え、「あの大家にはなるべく顔を合わせたくないからお前を一人で行かせたんだ……けど行かせた俺がバカだった……」と大いに悔やむ。棟梁と大家の因縁が見えてくる演出だ。この描写で棟梁に対する共感が観客に生まれ、さっきの展開で大家も薄々「棟梁の差し金だ」と気付いていることも見えてくる。つまり、喧嘩の下地は出来てしまっているのだ。

詫びに来た棟梁に大家は「僅かな銭のことで腹立てるつもりはないけどね、あんまり言い草が酷いから帰したんだ」と言う。これは筋が通っている。それに対する棟梁の言い訳に何度も出てくる「優しい大家さん」という表現に当てこすりのニュアンスが感じられるのは三三の上手さだ。大家は「棟梁も大変だね、こんなバカのために下げなくてもいい頭を下げなきゃいけない」と“頭を下げたくない”ことを当てこすりながらも、「そう言われりゃこっちだって……」と和解する口調で返し「細かいことだが、あと八百は?」と確認と、油断した棟梁が「あとはたかが八百、ついででも出来たら」と口を滑らせる。もとより「どうせ裏ではああだこうだ言ってるんだろう」と思っている大家は、この一言に飛びついた。言いがかりだ。

これは、隙を見せた棟梁も悪いが、言葉尻を捕えてネチネチ言う大家も性格が悪い。あくまで「大家は因業である」という根本は崩さない三三の演出だ。失言の一つや二つで「たかが雪隠大工じゃねェか! 大きなツラするねェ!」とまで罵ることはないのである。そこを棟梁も我慢して「それじゃ話ができねェから」と腰を低くして言ったのに、「話なんかないから帰れ」と拒絶された。大家は「八百払うなら返す、八百ないなら帰れ」と言っていて、それはそれで筋は通っているし、自分の失言が招いた事態なのだから一旦帰ればいいものを、この大家が元々嫌いな棟梁はここでブチ切れる。

ここから『大工調べ』の聴きどころとされる“棟梁の啖呵”に入るのだが、この啖呵が棟梁の腹から出た台詞になっているのが三三の素晴らしいところだ。そしてまた、棟梁に命じられて啖呵を切ろうとする与太郎のたどたどしさが一段と可愛い。「一体馬のどこの骨だ。アバラか? 背骨か? 肩甲骨?」と骨を並べてしまう与太郎に棟梁が「“どこの馬の骨”だ! “馬のどこの骨”って言うからわからなくなるんだ」と指摘したのには爆笑した。「お前の思ってることを言ってやれ!」と棟梁に言われて「この人と私は他人です!」と言ってしまう与太郎が愛おしい。

そして後半へ。三三は“駆け込み願い”のくだりを進行形で描き、三度目に取り上げられる。ここもダレ場にならず楽しめるのが三三の上手さ。棟梁が「老母一人養い難し」と書いたのが功を奏してお裁きとなり、奉行の思惑を理解しない与太郎が正直に言ってしまったため一旦は大家の勝訴となるものの、勝ち誇る因業な大家が奉行に「質株は所持しておろうの?」と問われて窮地に陥るカタルシスを三三は見事に表現した。これぞ三三の真骨頂、痛快な一席だ。

筆者紹介:広瀬和夫
1960年生まれ、東京大学工学部卒。落語評論家。毎日のようにナマの高座に接し、現在進行形の「今の落語」の魅力を語る第一人者として知られる。『この落語家を聴け!』『21世紀落語史』『噺は生きている』『僕らの落語』『落語家という生き方』『談志は「これ」を聴け!』『なぜ「小三治」の落語は面白いのか?』等々、落語の著書多数。音楽誌「BURRN!」編集長でもある。
 

 

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