広瀬和生の「J亭を聴いた」第14回大手町二人会「白酒・一之輔」(令和2年9月分)

 

9月10日(木)「J亭スピンオフ企画 桃月庵白酒・春風亭一之輔二人会」@日経ホール。7月に「定員削減+配信」で再開されて2回目。演目は次のとおり。

三遊亭粋歌『働き方の改革』
桃月庵白酒『お茶汲み』
春風亭一之輔『意地くらべ』
~仲入り~
春風亭一之輔『噺家の夢』
桃月庵白酒『犬の災難』

開口一番は来年3月に真打昇進して“弁財亭和泉”を襲名する粋歌。『働き方の改革』は産休明けに子連れ出勤で会社に復帰した女性が、「介護老人連れ」「ペット連れ」さらには「彼氏連れ」出勤までも認めるようになっていたことに愕然とする噺。粋歌ならではの発想だ。

『お茶汲み』は「吉原に行って女から身の上話を聞かされた」という男が友達にそれを話す、というのが前半。男が言うには、指名した女が自分を見るなりキャーと言って出て行った。あとでわけを聞くと、女は静岡の在から男と駆け落ちして江戸に来て、自分は男の商いの元手を作るために吉原に身を沈めたが、やがて男は病で亡くなってしまったという。「あなたがその人にそっくりなので驚いた。これも何かの縁、これから私のところに通っておくれ」と花魁が言うのでいい気になって「いっそ所帯を持とう」と言ったら女は嬉し泣き。目をお茶で濡らした嘘泣きだと気づいたが、あえてそれを指摘せずにこってり一晩中もてなしてもらった……。

それを聞いた男が吉原に行き、同じ女を指名して出会った途端キャーと叫んで逃げていく。そして「実は、俺は静岡の在から女と駆け落ちしてきたんだが……」と女の作り話をそのまま身の上話として聞かせ、「これも何かの縁、これから通うぜ」と言うと女は「来年の三月に年季が明けるから所帯を持ちましょう」と切り出してきて……というのが後半。前半が長い仕込みとなっているオウム返しの変形(単純に「真似をして失敗する」のではなく「逆転させてしまう」という悪戯)で、皮肉なサゲに向かって淡々と進む噺だが、白酒は随所に細かく笑いどころを設け、この単調な噺を飽きさせずに聞かせる。特に「話を聞く側」のリアクションが絶妙で、後半は花魁の表情の変化で笑わせる白酒ならではの“顔芸”が炸裂する。

2018年の「一之輔五夜」でネタおろしした『意地くらべ』は、完全に“一之輔の噺”になった。あの「五夜」で一之輔はネタおろしの5席を5つのテーマ(ジャンル)で考えていたという。『ねずみ』は甚五郎の名人譚、『付き馬』は廓噺、『帯久』は大岡裁き、『中村仲蔵』は芝居噺、そして滑稽噺が『意地くらべ』だったという。(ちなみに今年の「三昼夜」でネタおろしした『もう半分』は怪談噺として「五夜」のネタおろし候補に入っていた)

『意地くらべ』こそ「一之輔五夜」最大の収穫であることは間違いないし、「一夜」から「五夜」までの十五夜を通じての最大の収穫と言ってもいいかもしれない。とにかくバカバカしい。ここまで爆笑を取る『意地くらべ』は聴いたことがないし、これからも未来永劫、一之輔ほど『意地くらべ』のバカバカしさが似合う演者は出てこないだろう。

借りた金を「意地でも返す」、貸した金は「意地でも受け取らない」という3人の強情がぶつかり合う前半も一之輔は豪快に演じて笑いを呼ぶが、圧巻は事情をすべて知った隠居が泣きながら「受け取るよー!」と叫ぶ場面。この隠居がメチャメチャ可愛い! それでも「明日の昼までは受け取らない」と強情な隠居に八五郎が「ご隠居、大好きですよ」と言うと、隠居が「俺もお前が大好きだよ」と返す。これぞ愛に満ちた一之輔落語の真骨頂だ。

ある噺家が旅をしていて鄙びた漁村を訪れ、貨幣価値のあまりの違いに驚愕する『噺家の夢』は柳家喜多八の噺。正確には喜多八以外にはほとんど演り手がいなかった噺で、四代目圓遊の演目だとはいうが、面白くしたのは間違いなく喜多八だ。一之輔も喜多八の演出を踏襲しており、一之輔が演じる漁師たちを観ていると喜多八の声と表情が蘇ってくる。オチを知っていても楽しめる噺にした喜多八も素晴らしいが、それを毎回楽しませてくれるには一之輔くらい豪快な演技が必要だろう。

志ん生が『猫の災難』の“猫”を“犬”に、“鯛”を“鶏肉”に置き換えた『犬の災難』は、今では白酒の一手販売。隣の猫が食べた鯛の骨をもらうのが『猫の災難』だが、『犬の災難』では隣家に届けられた鶏肉を預かっただけで、友達が酒を買いに行っている間に「困ったな、隣りのカミさん忘れねえかな……死なないかな……死なねえよな」なんてボヤいていると当の隣家のおかみさんが取りに来る。このおかみさんが去り際に「私だって死ぬときはありますから」と言い捨てていくのが可笑しい。「野良犬がくわえて逃げた」という言い訳を思いついた後に「犬を追いかける真似」を練習するだけでも可笑しいのがさすがだ。

燗徳利に一合とっておこうとしてこぼしたり、盛り上がってるから吸い上げようと言って結局全部飲んじゃったりと、段階的な過程を経て酒がなくなっていく『猫の災難』と違い、『犬の災難』は毒見と称して飲み始めてあとはただどんどん飲むだけ。さすがは志ん生の噺だが、こういう無責任で意地汚い酒飲みが白酒が抜群に巧い。志ん生は帰ってきた友達が「おまえ酔ってるな! 飲んだだろ!」と責める場面で「飲んだんじゃなくて吸ったの! 酒は飲むより吸うほうが酔うね」「何を言いやがる」となって「……犬の災難でございます」と地でサゲていたが、白酒版では友達が薪ざっぽうを持って犬に「テメエが食いやがったか!」と言うと犬が吠えて「クワン、クワン」でサゲ。白酒はいろんな噺で独自のサゲを考案しているが、これも見事だ。

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