広瀬和生の「J亭を聴いた」第18回大手町二人会「三三・一之輔」(令和3年7月分)

7月15日(木)「J亭スピンオフ 柳家三三・春風亭一之輔二人会」@日経ホール。演目は以下のとおり。

柳家小はぜ『子ほめ』
春風亭一之輔『代書屋』
柳家三三『三枚起請』
~仲入り~
柳家三三『茄子娘』
春風亭一之輔『甲府い』

『代書屋』は四代目桂米團治(米朝の師匠)が創作した“昭和の新作落語”。本来は何人も来客があってサゲに至るが、たいていの演者が履歴書を書いてもらう客だけ演じる。一之輔の『代書屋』は柳家喜多八から教わったもので、客の名が“中村吉右衛門”というのも喜多八の演出だが、この男が「近い相手にやたら大声で話しかけるヤツ」という設定はまさしく“ザ・一之輔”。「本籍、お願いします」と言われて「ホンッ!」と全力で咳をしたこの客に「どうですか?」と訊かれた時の「どうですと問われれば“否”としか言いようがありません」に代表される“代書屋も面白い”演出は一之輔ならでは。今川焼を売ろうとしたけどやめた件で“友達と楽しく準備した思い出”を嬉しそうに語り続けるのも一之輔らしい。この客が“へりどめ”の次に小岩の駅前で“ガネバン”(眼鏡のつるを頭の後ろで留めるバンド)を売った、というエピソードは一之輔オリジナル。両親の名が中村敦夫と中村メイコと判明し「これって絶体絶命?」「同姓同名だよ!」でサゲ。客の面倒臭いキャラが一段と進化して“一之輔の代書屋”になっていた。

吉原通いに夢中な若旦那の猪之助を棟梁が諌めると、若旦那は起請文を出してノロケてみせる。見ると、その起請文を書いたのは棟梁にも起請文を渡して夫婦約束をしている喜瀬川花魁。そこへ通りかかって話に加わり起請文を見せてもらった清公も喜瀬川から起請文をもらっていた――三三の『三枚起請』は、この前半を単なる“仕込み”に終わらせず、三人を生き生きと描き分けて聴き手を噺の世界に引き込む。

この“騙され三人組”が喜瀬川に仕返しをしようと吉原に乗り込んで問い詰めると、最初は受け流してごまかそうとしていた喜瀬川は一転して開き直り、「だったらどうしようってんだい? 女郎は客を騙すのが商売、あたしの体にはお金が掛かってるんだ。見世に金を積んで身請けしてからぶつなと蹴るなとしたらいいじゃないか」と啖呵を切る。ここで三三の演じた喜瀬川花魁には、客を騙して生きる女のしたたかさよりも、苦界に生きる哀しい女の性を強く感じ、三人組と一緒になって「いい気味だ」と思うのではなく、むしろ責められる喜瀬川に同情してしまう。「勤めの身だもの、朝寝がしたい」というサゲの台詞も喜瀬川の本音としてリアルだ。三三の『三枚起請』は廓噺というより“人間の業を描く世話物”という趣がある。

東海道戸塚の宿から一里ばかりの山間の寺の和尚が、丹精込めて育てたナスの精と一夜の契りを結んでしまい、禁を犯した身を恥じて出た修行の旅から五年ぶりに寺に戻ってみると、幼い娘が「お父さま」と話しかけてきて……という『茄子娘』。民話のような味わいからいきなりの地口落ちに至る小品で、入船亭扇橋の演目として知られるが、柳家喜多八も得意にしていた。三三が『茄子娘』をよく演るようになったのは喜多八が亡くなって以降のように思う。持ち前の端正な地の語りの見事さを活かした三三の『茄子娘』は和尚の描き方にも深みがあり、人情噺のような風情がある。

甲府から江戸に出てきた初日に財布を盗まれ一文無しになった男が豆腐屋に奉公、信用を得て店の一人娘と結婚して跡取りとなる『甲府い』。ひもじさで店先のおからを盗み食いした男(善吉)を主人が「うちで働かないか」と誘うとき、「同じ法華の人、お祖師様のお引き合わせだ」だけでなく「請け人なんて要らない、俺のこの目が請け人だ。真っ直ぐな、いい目をしてるじゃないか」と言わせている。この善吉、愛嬌があって気が利き子供にも優しいので長屋の女房連中に人気……というのは通常の演出だが、一之輔はそれに加えて善吉を“役者みたいにいい男”なので女たちが行列を作り“行列ができる豆腐屋”に。三年後に豆腐屋夫婦が一人娘のお花と一緒にしようと思い立ったとき、既にお花は善吉に惚れていたというのも、そんな善吉だけに無理がない。

ある夜、豆腐屋の親父がお花と一緒にして善吉を跡取りにしたいと女房に打ち明けると女房も手放しで賛成、お花は善吉に惚れていると言う。それを聞いて「なんかカチンと来る」とつぶやくのが一之輔らしい。「でも善吉が何て言うか」という女房の台詞に「なんだと、お花のどこに不満があるんだ!」と善吉を呼びつけた親父、早合点をたしなめた女房が善吉もお花に惚れてることを聞き出すと途端に「テメエ!」と怒鳴り、場内に笑いが起こる。

善吉が涙を流して礼を言い、お花を娶ってますます仕事に精を出し、二年後。隠居している両親の勧めで善吉が身延山の願ほどきと親代わりの叔父夫婦への挨拶を兼ねてお花を伴い甲府へ向かうことに。送り出す親父の「叔父さんたちにお礼が言いたい。俺はもう年で旅はできないが、どうか江戸に来ていただきたいと伝えてくれ。腕によりかけて豆腐作るから」という言葉に「ありがとうございます」と涙を流す善吉。「また泣いて……会ったときから泣いてばかりだな、おめえは。お花、向こうへ行ったら善吉のためにも気を利かせなきゃダメだぞ。仲良く旅をしておいで」という親父の台詞が心に沁みる。長屋の女房連中が旅支度の二人を見つけて声を掛け、善吉がそれに応えるラストシーンの温かさ。善人たちの幸せを爽やかに描く一席だ。

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