広瀬和生の「J亭を聴いた」第19回大手町二人会「白酒・三三」(令和3年9月分)

9月30日(木)「J亭スピンオフ 桃月庵白酒・柳家三三 二人会」@日経ホール。演目は以下のとおり。

春風亭一蔵『熊の皮』
柳家三三『芋俵』
桃月庵白酒『付き馬』
~仲入り~
桃月庵白酒『粗忽長屋』
柳家三三『こんにゃく問答』

『芋俵』は五代目小さんが得意とした泥棒噺。今の寄席だと柳亭市馬がよく演っている。二人組の泥棒が大店に忍び込むために、与太郎を入れた芋俵を店に預けっぱなしにして、俵ごと中に運び込まれた与太郎が中から錠を開けようという作戦を立てる。店じまいをした夜更け、店の女中と定吉がこっそり芋を食べようと相談し、定吉が俵に手を突っ込むと、中にいる与太郎はくすぐったくてたまらず、思わずブーッと一発。「ははは、気の早いお芋だ」 小咄のような内容だが、腕のいい演者がやると楽しく聴ける。三三の『芋俵』は、声を潜めて話す女中と定吉の場面でシーンと静まり返った夜更けの大店の情景が浮かび上がるのが肝。軽い滑稽噺ながら、三三の描写力によって深みが増している。

「貸してある金を取りに行けば勘定を払える」と若い衆を丸め込んで吉原で豪遊した男が、翌朝になって若い衆を言葉巧みに連れ回した挙句まんまと逃げてしまう『付き馬』は、騙す客の“調子の良さ”が最大のポイント。白酒はその“調子の良さ”がケタ外れで、何だかんだと言いながら吉原を出て雷門まで来てしまうこの客の、饒舌にまくし立てて相手に付け入る隙を与えないリズム感が心地好い。瓜生岩子の像やボギー車に言及する「吉原から雷門までの道中付け」は、師匠である五街道雲助の型をベースにしながら、白酒独自のフレーズをふんだんに盛り込んで膨らませたもの。最後の早桶屋の場面では、置き去りにされた若い衆の、親方の問いかけに対するリアクションの可笑しさが際立っている。

白酒の『粗忽長屋』は八五郎を立川談志の『主観長屋』ばりの“思い込みの強い奴”として徹底的に戯画化することで荒唐無稽な設定に説得力を持たせている。世話役との「今朝会ってるなら違うよ」「でも会っちゃったものは仕方ないでしょ! お前さん、熊の何を知ってるっていうんだ! じゃあいいよ、当人連れて来るから!」というやり取りにおける八五郎の思い込みの強さは、もはや“粗忽”というレベルではない。長屋での八五郎と熊五郎の「お前、死んでるよ」「俺が? 初耳だなあ」「俺が見たんだから」「そっか、兄貴が言うんなら間違いないね」「お前は悪い酒に当たって死んだのに気付かずに帰ってきちゃったんだよ」「なるほど理屈は通るな」「弔いだからお前も忙しくなるぞ」というトボケた会話も実に楽しい。死骸を前にして「これ俺? 顔が長いよ」「夜露に当たって伸びたんだよ」「なるほど人体の神秘……でも眉も鼻も口も違うよ?」「お前の顔を、眉をゲジゲジにして鼻はアグラかかせて口もワニグチにしたらこうなるだろ」「なるほど」と八五郎の思い込みに説得されかかった熊五郎が突如「これ、兄貴じゃない?」と言い出すと「あっ、俺だ!」と八五郎が宣言する意外な展開。軽やかでスピード感に満ちた展開が気持ちいい名演だ。いま『粗忽長屋』を最も面白く演じているのは白酒だと言いきってしまいたい。

三三の『こんにゃく問答』はこんにゃく屋の六兵衛の“親分らしさ”が絶妙で、冒頭の「八五郎を坊主に仕立てる」場面が単なる段取りに終わらず、それ自体が聴き応えのあるシーンになっている。江戸から上州に逃げてきた八五郎の軽薄さも楽しく、権助の飄々としながら斜に構えたキャラには三三の個性が色濃く反映している。問答を申し込んでくる雲水の“もっともらしさ”も見事。この雲水は永平寺の僧で「命のあらん限り毎日参上する」と宣言したと聞いた六兵衛が「いるんだよあの宗旨には、そういう跳ねっ返りが」と言って問答で追い返すしかないと心を決める展開は三三らしい演出だ。小三治の『こんにゃく問答』にも通じる“江戸の風”を感じる高座だった。

配信中の落語ライブ動画

《もう一度見たい名演》柳家三三「鰍沢」(令和5年11月『第30回J亭スピンオフ企画』より)

NEW《もう一度見たい名演》柳家三三「鰍沢」(令和5年11月『第30回J亭スピンオフ企画』より)

配信期間:2024年5月1日(水)00:00~2024年5月31日(金)23:59 出演者:柳家三三
《もう一度見たい名演》隅田川馬石「火焔太鼓」(令和3年10月『第69回大手町落語会』より)

NEW《もう一度見たい名演》隅田川馬石「火焔太鼓」(令和3年10月『第69回大手町落語会』より)

配信期間:2024年5月1日(水)00:00~2024年5月31日(金)23:59 出演者:隅田川馬石
《もう一度見たい名演》春風亭一之輔「夢八」(令和4年2月『第71回大手町落語会』より)

NEW《もう一度見たい名演》春風亭一之輔「夢八」(令和4年2月『第71回大手町落語会』より)

配信期間:2024年5月1日(水)00:00~2024年5月31日(金)23:59 出演者:春風亭一之輔
桂宮治独演会〜はるかその先へ 〜大手町宮治本舗2024春〜

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配信期間:2024年4月24日(水)19:00~2024年5月22日(水)19:00 出演者:桂宮治
神田連雀亭オンライン寄席2024年四月昼席

神田連雀亭オンライン寄席2024年四月昼席

配信期間:2024年4月23日(火)13:30~2024年5月31日(金)13:30 出演者:古今亭今いち 立川がじら 立川らく兵 桂鷹治
第八十四回大手町落語会

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配信期間:2024年4月13日(土)13:00~2024年5月11日(土)13:00 出演者:柳家さん喬、柳家権太楼、古今亭菊之丞、立川小春志、柳家小もん
けんこう一番!第28回三遊亭兼好独演会

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配信期間:2024年4月6日(土)13:00~2024年5月4日(土)13:00 出演者:三遊亭兼好、(ゲスト)尾崎一宏(サックス奏者)
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