3月10日(木)「J亭スピンオフ企画 白酒・三三二人会」@日経ホール。演目は以下のとおり。
春風亭一蔵『猫と金魚』
桃月庵白酒『真田小僧』
柳家三三『長屋の花見』
~仲入り~
柳家三三『碁泥』
桃月庵白酒『井戸の茶碗』
白酒の『真田小僧』は息子の金坊が思わせぶりに語る「おとっつぁんがいない時に男が訪ねてきておっかさんが中に入れて布団を敷いた」という話に狼狽する父親の描きかたが実に可笑しい。女房が帰ってきたところで終わらせず、「あの子は知恵があるんだから大きくなったら立派になる」という女房の言葉に対して亭主が「あいつのは悪知恵だ」と返す後半へ。講釈『真田三代記』の「真田安房守が城を囲まれた時、まだ少年だった後の真田幸村が敵方の永楽通宝の旗印を立てて夜討ちをかけて窮地を脱した」という逸話を父が語ると、そこへ金坊が帰宅。父が「銭を返せ」と言うと、「寄席で講釈聴くのに使っちゃった」と言って、父が語ったのと同じエピソードを語ってみせた後、六連銭の紋について尋ねて再び父から銭をかすめ取る。後半は演じない噺家が多いが、白酒は生意気でありながら可愛げのある金坊を魅力的に描くことで、サゲまで観客を見事に引っ張った。
三三の『長屋の花見』は「小さん〜小三治」と継承された型に忠実でありつつ、軽やかな語り口による台詞回しに三三の個性が色濃く出ていて聴き応えがある。当たり前の落語を、気を衒わず正攻法で演じて飽きさせないという境地に、三三も到達しつつあるようだ。貧乏長屋の日常に起こった小さなイベントを生き生きと描写して、聴き手はその風景の片隅にいるような気持になる。店子同士の会話には三三の“フラ”のようなものも感じた。「いい酒だろ? 灘の生一本だよ」と言う大家へのツッコミは「宇治かと思った」ではなく「狭山かと思った」。そこからの「酒柱が立ちました」でサゲ。
三三の二席目は碁が大好きな二人の旦那を描く『碁泥』。片方の旦那の自宅をもう一人が訪れて毎晩のように碁を打つが、二人とも煙草が大好きで、夢中になると何も見えなくなり、はたいた火玉が煙草盆に入らずに畳に焼け焦げを作ることが度々で、奥方から「碁はやめてください」と言われてしまう。二人は様々な対策を練るが、どうにも上手い策が出てこない……この“対策を練る”場面、他愛もないやり取りを、三三は楽しく聴かせる。結局「碁を打ってる最中は煙草を吸わない」と約束をしたものの、碁の最中に我を忘れた旦那が「煙草盆がないよ!」と繰り返すので、奥方は女中に“赤いカラスウリを入れた煙草盆”を持っていかせると、二人とも碁に夢中で火がつかないのに気付かず煙管を吹かしている。この“赤いカラスウリを炭火と思わせる”という発想も、古典落語のいいところだ。そんな夜更け、大の碁好きの泥棒がこの家に入り、逃げ去り際に二人が碁を打っているのに気付いて近づいていき、しまいには口を出す。盤面から目を離さず「誰ですか」と尋ねる旦那に「泥棒です」と答えると、盤面を見つめたまま「泥棒さんですか、いらっしゃい」……この荒唐無稽な展開をいかに“リアル”に見せるのかが演者の腕の見せどころ。三三の飄々とした演じかたが、この泥棒のくだりには実によく似合っている。
曲がったことが大嫌い、というよりむしろ頑固と言うべき浪人の千代田卜斎と、あくまで筋を通す細川家家臣、高木作左衛門。この二人の武士の間で正直者の屑屋が右往左往する『井戸の茶碗』。白酒は笑いどころの多い演出でテンポ良く描き、千代田の頑固さをも微笑ましく思わせてくれるのが嬉しい。
千代田が屑屋に売り高木が買った仏像から出た五十両を、どちらも頑として受け取らない。困り果てた屑屋から相談を受けた千代田の長屋の大家が「いい話だ。花は桜木、人は武士と言うが、お侍さんはそれくらい清廉潔白じゃなきゃいけません。ただ、ここまで来ると意地の張り合いだ、さて……」と解決策を持ち出す。この描きかたも心地好い。千代田の家から出た井戸の茶碗を高木から召し上げた細川の殿様から下された三百両、高木が「二つに分けて百五十両を……」と屑屋に託すと、屑屋は千代田宅でいきなり「自分で行けって話ですよ! あとはもう侍同士で勝手にやってください!」とキレ気味にまくしたて、「何を興奮しておる、落ち着け屑屋さん」と千代田が戸惑う。この場面も白酒らしくて素敵だ。
「娘きぬを高木殿に嫁がせ、百五十両はその支度金として受け取る」という千代田の提案は通常の『井戸の茶碗』と変わらないが、白酒はここで屑屋に「いやいや、“してやったり”みたいな顔して言ってますけど、娘さんにすれば、そんなこと急に言われても」と反論させる。それに対して千代田は「いや娘も承知でな」と意外な一言。その伏線として、千代田は「風邪をこじらせたので」と娘きぬに自分の代わりに高木の許へと茶碗を届けさせている。これはもちろん白酒独自の演出だ。「あれ以来、きぬが話すのは高木氏のことばかりでな。子供だと思っておったが、もうそんな歳に……いや、隠さんでもよい、わしもそなたの父じゃ、それくらいわかる」という千代田の言葉に深く納得。屑屋も「あ、そういうことですか! わかりますよ、いい男ですもんね!」と大喜び。高木が“いい男”だから惚れた、というのは素晴らしい演出だ。
高木の許に屑屋が言って「さあ、もらいましょう!」と前のめりに話すと、なぜか高木は「あ? うん……きぬ殿……いやあ、それは弱った」と照れまくり。そんな高木に中間の良助が「弱ることないでしょ、よかったじゃないですか」と言い放ち、屑屋に「こっちもずっと何かにつけておきぬさんのことばっかり言ってて」と明かす。「あ、こっちも!? じゃあもう決まり!」と言う屑屋に高木は「いや、縁組とは当人の気持ちばかりではない、国許の父上や母上、また親類……」と歯切れが悪い。すると屑屋はキレて「何言ってんの! ハッキリしないの一番嫌いなんだよ! もらうの!? もらわないの!?」と迫る。タジタジとなった高木は良助に助けを求めるが「知りません」と言われてしまう。「いやなら帰るよ! どうするの!」と強気に出る屑屋の圧に負けて「わ、わかった……千代田氏の娘御であれば間違いあるまい」という流れ。この高木宅でのやり取りで大いに笑わせてくれるのは、さすが白酒。誰よりも気持ちい結末に至る『井戸の茶碗』、白酒ならではの逸品だ。