2022年11月2日(水)「J亭スピンオフ 柳家三三・春風亭一之輔 大手町二人会」@日経ホール
演目は以下のとおり
桃月庵こはく『代脈』
春風亭一之輔『芋俵』
柳家三三『二番煎じ』
~仲入り~
柳家三三『湯屋番』
春風亭一之輔『肝つぶし』
一之輔の『芋俵』は9月にネタおろししたばかり。泥棒二人組に「あー、泥棒!」と大声で応える松公。「泥棒って言うな! 交番に聞こえたらどうする!」「大丈夫、お巡りさん知ってるから。さっき交番の前を通ったら『お向こうに住んでる泥棒二人は元気かな』って言ってたよ」「え? そうか、よろしく言っといて」……こういうトボケた会話が素敵だ。芋俵の中に入った松公が隙間から手を出して犬に手を噛まれて血だらけになるドタバタ、大店の前で筋書きどおりのやり取りをする二人組の“ボケとツッコミ”の楽しさ、番頭に指図されたイライラを芋俵にぶつけて殴ると俵が「うっ!」とか「痛い!」とか言うので面白がって弄ぶ定吉等々、随所に一之輔ならではの可笑しさ満載。登場人物たちが可愛いくてたまらない。
三三の『二番煎じ』は月番率いる一の組が黒川の旦那、近江屋、浪花屋、金久、宗助さんで、二の組の長が老体の伊勢屋という「小三治の型」。夜回りでの浪花屋の浪花節や金久の“吉原の夜回り”自慢の独り芝居、番小屋に戻って黒川の旦那が持って来た瓢箪の酒を月番が咎める台詞回し等々、前半は小三治の型に忠実だが、猪鍋のくだりになってからは独特な演出が目立ってくる。猪の肉にネギと味噌を添えて持ってきた男を「夜回りの達人だ」と褒め、さらに鍋も背負ってきたと聞いて「夜回りの神様だね」と絶賛するくだりは兄弟子の喜多八の『二番煎じ』に通じる台詞。無類の酒好きということで酒を真っ先に勧められた黒川の旦那が「昼間の稽古が終わって、娘がつけてくれた酒をちびりと飲む、これが何よりの楽しみで」などと言いながら延々と飲み続け、「皆さんが飲む前に私だけが飲むのは気が引けますな。皆さんも……あ、もう皆さん飲んでる? どうりで苦情が出ないわけだ」となるのは三三独自の演出。鍋がグツグツいう音に耳をすませたり、「あ、こんなに大きな肉が取れちゃった」とおどけたりするのも楽しい。一合上戸の男の泥酔、ネギとネギの間に肉を挟む男、などを経て「心張り棒で二の組を締め出しちゃえ」と盛り上がっているところに「番!」と役人が来る流れも小三治と同じだが、「明日もこの組で回りましょう」と言うところで月番が「本当のこと言うと、こうなったら楽しいだろうな、という人を一の組に選んだんです」と告白するのは三三の演出。喜多八が小三治の型を大きく膨らませて自分の『二番煎じ』にしたように、三三もまた小三治の型を膨らませて“三三の『二番煎じ』”を作り上げている。寒い冬の夜の江戸の情景から一転して皆で鍋を囲むホッコリした楽しさへと移行する様子を活写した逸品だ。
三三の『湯屋番』は「奉公したらどうですか」と言われた居候の若旦那が「お前に言われるまでもない、私も身の振り方を決めました。桜湯で奉公しようと思うんだ」と言い出し、「そうですか? それならちょうどいい、桜湯の主人は遠縁なんです」と紹介状を書いてもらうやり方。若旦那は「どうして桜湯に奉公するか教えてあげよう」と、たまたま桜湯に行ったら番台にいい女が座ってるのを見て、訊いてみたらおかみさんだというので桜湯に奉公しようと決めた……と語り出す。「私が奉公に行くとおかみさんが私に惚れて、そのうち桜湯の主人がポックリ逝くから、私があそこの婿に納まって、いい女と数億という財産の両方を手にする」という前提でウキウキしながら桜湯へ向かう。この若旦那の軽さが最高だ。小さんや小三治の“柳派の『湯屋番』(奴湯)”ではなく「湯屋の女房がいい女だから」自分で奉公に行くと言い出すのは圓生に通じるが、圓生の『湯屋番』は「梅の湯」。「桜湯の主人が早死にして自分が美人の女房の婿になり桜湯を乗っ取る」と決めつけるのは、むしろ先代馬生の演出に通じる。番台でバカなことを言いながらハシャぐ若旦那の軽さが素敵で、「どこかのお妾に惚れられていい仲になる」妄想一人芝居のテンポの良さに引き込まれる。番台から若旦那が落っこちるのを見ていた一人が「軽石で顔を擦っちゃった」というところまで。三三の軽やかな滑稽噺の魅力全開の一席。こういうトボケた感じの三三をもっと観たい、と思わせてくれた。
『肝つぶし』も『芋俵』と同じく一之輔は9月にネタおろししたばかり。圓生の演目で、元は上方ネタ。二代目円歌もやっていたという。今の演者では柳家さん喬、林家正雀などが持ちネタにしている。前半、恋わずらいで床に就いている義理の弟を見舞った男が病気のわけを聞く場面で一之輔は随所にクスグリを入れて飽きさせない。長々と聞いた挙句に「夢の中の女に惚れて恋わずらい」なのだと聞いて一旦は拍子抜けするが、それを男から聞いた医者が「悪い病にかかりましたな。それを治すには、亥の年月が四つ揃っている(亥の年・亥の月・亥の日・亥の刻に生まれた)者の生き胆を呑ませるしかない」と話すと雰囲気が一変。人情噺のトーンになっていく。
「もう駄目だ」と気弱な病人に「俺が治してやる。また明日来るから」と言い残して帰る道すがら、男は「俺と妹のお花がまだ幼い頃、両親に死なれて路頭に迷っていたところに手を差し伸べてくれたのがあいつの親父、この恩は何としても返さなきゃいけねえ。助けてやりてえ……」と独り言。家に着いてみると、ちょうど妹のお花が「お芝居でも観てきなさい」と奉公先から休みをもらったと言って泊まりに来ていた。義理の弟が患っているので見舞に行ったことを話すと妹は心配するが、「いや大したことじゃねえ、煎じ薬でも飲んでりゃ治る」とはぐらかす。お花の酌で一杯やりながら話しているうちに、お花が「昔、おっかさんが言ってたの思い出しちゃった。私、亥の年月が四つ揃っているから、お芝居だったら殺されたりする役どころだって」と言い出す。それを聞いた兄は「因縁か……」と呟く。この一言で一之輔は義父への恩義と妹への愛情との狭間で苦悩する兄の心情を表現し、聴き手は成り行きを固唾をのんで見守ることになる。
兄は、両親を亡くして乞食同様になった幼い自分たちを我が子同様に育ててくれた義父の恩義を語り始める。「恩返ししたいと思ってたけど、早く亡くなっちゃって、それもできなかった……」としみじみと言った後、唐突に「お花、もしも誰かがお前に手を掛けるようなことがあったとしたら、そいつを恨むだろう。でも、相手も色々あるんだろう」と言い出す。「なによ、酔っ払ったの? 殺されるって、お芝居の話じゃない」と無邪気に応える妹。妹が先に寝込んでしまい、兄はガブガブ呑んでも頭が冴えて眠れない。やがて庖丁を持ち出してくると「勘弁してくれ、恩を返したいんだ」と眠っている妹に話しかける。「実の妹を殺して義理の弟を助けるなんてバカな話だけどよ、お花、あいつを治したら必ず兄ちゃんお前のところに行くから許してくれ」
妹の上で庖丁を構える男の脳裏には幼い頃からの思い出が蘇る。妹を自分で殺すのはあまりにもむごい運命、しかし恩を返すためには……。逡巡する兄の目から涙が零れ落ちる。その兄の涙が額にかかって目が覚ます妹。庖丁をかざした兄の姿に驚愕し、「なんで殺されなきゃいけないの!? どうして!? 悪いことをしたなら謝ります、許して!」と叫ぶ妹に、兄は慌てて「これは芝居の真似事だよ。酔っ払って、つい冗談で」と弁解。「お芝居の真似? なんだ、肝をつぶしたわよ」「え? それじゃ薬にならない」でサゲ。いかにも落語らしい結末に、ヘタすれば「なんだそれ」となりそうな噺だが、一之輔は兄への感情注入の大きさで聴き手をハラハラさせ、物語の成り行きに引き込んだ。だからこそ、妹が助かる結末に聴き手は心の底から安堵して、この兄妹を祝福したくなる。恩に報いるためとはいえ妹を殺す、それも「病人に生き胆を食べさせれば治るから」というのは現代人の心情としては納得しがたい。それゆえ、いま演じるのはとても難しい噺だが、一之輔は見事な表現力でこの展開に説得力を持たせ、一編の人情噺を聴き終えたような心地好い余韻を与えてくれた。一之輔の持つ演者としてのポテンシャルの高さに改めて感心させられた一席だ。
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