広瀬和生の「この落語を観た!」落語一之輔/春秋三夜 2026春

2014年の「落語一之輔一夜」から始まった東京・よみうり大手町ホールでの春風亭一之輔ネタおろし独演会シリーズ。毎年一夜ずつ増えて2018年に「一之輔五夜」となり、2019年の七日連続独演会「七夜」(ネタおろし無し)を経て2020年から2022年まで「三昼夜」(夜の会でネタおろし)を開催した後、2023年11月からは春と秋の「落語一之輔春秋三夜」となった。2026年4月に開催された「落語一之輔春秋三夜2026春」の演目は以下のとおり。

●4月10日(金)
春風亭いっ休『たいこ腹』
春風亭一之輔『芋俵』
春風亭一之輔『試し酒』
~仲入り~
春風亭一之輔『花見の仇討』

●4月11日(土)
春風亭貫いち『唖の釣り』
春風亭一之輔『干物箱』
春風亭一之輔『真景累ヶ淵~深見新五郎~』
~仲入り~
春風亭一之輔『青菜』

●4月12日(日)
春風亭喜いち『家見舞』
春風亭一之輔『四人癖』
春風亭一之輔『万金丹』
~仲入り~
春風亭一之輔『笠碁』


<4/10>
初日の一之輔の一席目は、二人組の泥棒が戸締りの厳重な大店に忍び込むための作戦を立てる『芋俵』。五代目小さんの寄席ネタの定番のひとつで、近年では柳亭市馬が寄席の高座でよく掛ける。一之輔は四年前にネタおろししているが、むしろ“最近よくやるようになった”という印象だ。泥棒が仲間に引き入れる松っちゃんの突き抜けたキャラが実に楽しい。泥棒の二人組(兄弟という設定)の“ボケとツッコミ”的な構図の描き方も実に上手い。他愛のない噺だが、だからこそ演者の力量が試される。その意味で、一之輔の“地肩の強さ”を物語る一席だ。

二席目はネタおろしの『試し酒』。昭和の初めに落語研究家の今村信雄が作った落語。元ネタは明治時代の初代快楽亭ブラックの『ビール戦争』と言われている。七代目三笑亭可楽が今村信雄の脚本を落語らしく磨き上げ、五代目小さんが得意ネタとした。小さん門下の立川談志や柳家小三治は手掛けなかったが、古今亭志ん朝が晩年よく演じていたのが印象深い。今の演者で言うと橘家文蔵のネタというイメージ。噺に入った途端「そうか、一之輔はこれやってなかったか!」と意外な気がしたくらい、一之輔に似合っている。大半が久蔵の一人酒盛りの場面であり、それを飽きさせずに聴かせるのはよほどの腕がないと難しい。一之輔はネタ下ろしながら歴代の名手と遜色のない見事な高座で、大いに感心した。オチであっと言わせる噺だが、そのオチを知っていて聴くとなおさら演者の力量がわかる。久蔵が酔いに任せて語る「酒呑童子と仲良く育った」というエピソードは他の演者で聴いたことがないので一之輔の創作だろう。一之輔の『猫の災難』で酒呑童子の話が出てくるのを思い出した。

三席目は季節ネタで『花見の仇討』。もう今年はこれがやり納めかも。“昭和の名人”以前の噺家では六代目三遊亭圓生の師匠である四代目橘家圓蔵くらいしか演じなかったというが、圓生が継承したのを始め三代目三遊亭金馬や十代目金原亭馬生らが名演を聴かせてポピュラーになった。近年では馬生一門に連なる桃月庵白酒が抜群に面白い演出を考案、一之輔はその白酒に教わった。型としては白酒とほぼ同じだが、台詞回しに一之輔の個性が存分に反映されて、白酒とは一味違う作品に仕上がっている。花見の趣向で仇討の芝居をやることになった四人が稽古をする場面を大きく広げた楽しさは一之輔ならでは。白酒の名演と聴き比べるのも一興だ。

 

<4/11>
一之輔の一席目は『干物箱』。道楽者の若旦那が自分の声色が上手い善公を身代わりに立てて父親を騙し吉原に遊びに行く噺で、八代目桂文楽十八番。同時代に五代目古今亭志ん生も演じたが、むしろ二人の息子(馬生・志ん朝)の得意ネタという印象が強い。どちらかというと現代人には共感しにくい設定の噺だが、一之輔の『干物箱』は大旦那に応対する善公のリアクションのバカバカしさが際立ち、素直に楽しめる。大旦那が二階にやってきて善公を発見する場面でのドタバタの可笑しさは特筆モノだ。

二席目はネタおろしで三遊亭圓朝作の長編『真景累ヶ淵』から「深見新五郎」。昨年秋の「春秋三夜」で一之輔は『真景累ヶ淵』の発端「宗悦殺し」(旗本の深見新左衛門が按摩の皆川宗悦を斬り殺した後に乱心して家が撮り潰される噺)をネタおろししたが、「深見新五郎」はそれに続くパート。深見新左衛門の長男である新五郎が宗悦の次女お園に横恋慕、互いの父親の因縁を知らずに悲劇が起こる。これに続くパートの「豊志賀の死」はよく演じられるが、「深見新五郎」を生の高座で聴くことは滅多にない。一之輔は、地の語り口の心地好さと迫真の演技で聴き手を引き込んで離さず、「『深見新五郎』ってこれほど聴き応えのあるパートだったのか」と驚かされた。滑稽噺でハジケる一之輔とはまた別の“王道の語り手”としての器の大きさをまざまざと示した名演だ。

そして三席目は“滑稽噺でハジケる一之輔”の真骨頂、『青菜』。お屋敷での旦那と奥方の会話に感心した植木屋が長屋で真似ようとして失敗する典型的な“オウム返し”で、元は上方落語。三代目柳家小さんがそれを東京に移植し、四代目小さん、五代目小さんと受け継がれた。一之輔は小さんの直弟子である柳亭市馬から教わったものの、全編をオリジナルのギャグで彩り、他の誰とも似ていないユニークな爆笑編をこしらえた。“仕込み”になりかねない前半のお屋敷の場面も実に面白く、帰り道での植木屋の描写もヒネリが効いているし、長屋での会話の可笑しさは“痛快”とさえ言える域。現代で『青菜』を楽しく聴かせる演者は多く、いろんなタイプの『青菜』が楽しめるが、一之輔は“別格”だ。

 

<4/12>
千秋楽の一席目は『四人癖』。奇妙な癖を持つ四人の男たちが、癖をやめるためにそれぞれ罰金を取ることにする噺だが、同工異曲の『のめる(二人癖)』が馴染み深いのに比べ、こちらはよほどの落語ファンでもあまり聴いたことがないはずだ。一之輔は四年前の暮れに初演、勉強会の高座に掛けたのを聴いたことがあるが、やはり滅多にやらない噺と言っていいだろう。もっとも、これを機によくやるようになるかもしれない。それくらい、面白かった! 四人の癖のバカバカしさを誇張することで、一之輔はこの噺を現代に蘇らせたと言えるだろう。

二席目はネタおろしの『万金丹』。「これをやるのか!」とビックリした。江戸っ子の二人連れが旅をして…という『二人旅』に似たシチュエーションから、この二人が寺に居ついて坊主になってしまうという意表を突く展開。五代目小さん十八番として知られるが、一門でもこの噺を手掛ける演者は少なく、まして『万金丹』が得意ネタと言える噺家は五代目小さんだけと言っても言い過ぎではない。立川談志は「五代目小さんにとどめをさす噺」として、自身がプロデュースしたCD十枚組ボックス「ゆめの寄席」(物故名人の名演集)でも志ん生の『火焔太鼓』や文楽の『よかちょろ』、圓生の『庖丁』などと共に小さんの『万金丹』を選んだほどだ。談志によれば「ギャグで膨らませる余地がない噺」であり、「小さんのようにフワフワやるしかない」のだという。一之輔はその演目に果敢に挑み、江戸っ子二人のキャラを立たせることで尻上がりに笑いが増す理想的な展開に。今後『万金丹』を一之輔がどう育てていくか見ものだ。

千秋楽のトリネタは『笠碁』。五代目小さんの十八番として知られるが、十代目馬生の『笠碁』は勝るとも劣らぬ面白さだった。一之輔の『笠碁』のルーツは馬生のほうだと思われるが、言うまでもなく一之輔独自の演出を豊富に注ぎ込んで“一之輔の『笠碁』”という型を作り上げた。二人のご隠居の少年時代のエピソードは一之輔の創作で、それを活かした見事なサゲの気持ちよさは、まさに“三夜を締めくくるネタ”に相応しい。喧嘩した二人の老人が仲直りした場面で場内から期せずして湧き上がった拍手が、一之輔の『笠碁』の素敵さを物語っている。一之輔は「仲のいい二人」を描くのが実に上手い。なかでも一之輔の『笠碁』は「滑稽噺なのに感動してしまう」逸品だ。一之輔らしい名演で「落語一之輔春秋三夜2026春」は大団円を迎えたのだった。

Information
落語一之輔/春秋三夜 2026春

オンライン配信視聴券、好評発売中!全三公演通し視聴券には千穐楽終了後、一之輔師匠が公演の感想をインタビューした特別特典映像も!
ご購入後、視聴ページに記載のURLからご覧いただけます。


■視聴券
第一夜 5月9日(金)10:00まで販売 18:30まで視聴可
第二夜 5月10日(土)10:00まで販売 17:30まで視聴可
第三夜 5月8日(日)10:00まで販売 17:30まで視聴可
▷視聴券=2,500円
▷視聴券(グッズ付)=5,000円(送料・手数料込)

■全3公演通し券
販売期間:~5月9日(金)10:00
配信期間:各公演の配信期間に準じる
▷全3公演通し視聴券=6,500円
▷全3公演通し視聴券(グッズ付)=9,000円(送料・手数料込)

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