10月13日(木)、「J亭落語会 春風亭一之輔独演会」。 演目は以下のとおり。
三遊亭歌むい『牛ほめ』
春風亭一之輔『長短』
春風亭一之輔『普段の袴』
~仲入り~
柳家小んぶ『三方一両損』
春風亭一之輔『笠碁』
開口一番の歌むいは三遊亭歌武蔵の弟子で、十一月から二ツ目に昇進して「伊織」と改名している。この日の『牛ほめ』はとても面白かった。これからの活躍を期待したい。
一之輔の『長短』は二重の意味で素晴らしい。 まず一つは長七の「気が長い」という特徴を、前半の「関係ないことをダラダラしゃべりつづける」という描き方で的確に表現していること。よく長七を与太郎みたいに間延びした口調でしゃべらせる演者がいるが、そういうのが面白かったためしがない。その点、一之輔の長七は完璧だ。饅頭を食べる場面での「どうでもいいことにこだわる」長七も実に可笑しい。そしてもう一つは、短七のリアクションだ。柳家小三治の『長短』の面白さは長七の気の長さにイライラしてツッコミを入れまくる短七にこそあるが、一之輔の『長短』の面白さも、まさにそれ。他の一之輔落語に出てくる多くの「すぐにイラッとする」登場人物たちと同じく、そのツッコミ方がユニークなのである。その二点が相まって、『長短』もまた一之輔らしい「部室落語」に仕上がっている。そして、この長七と短七の間には、間違いなく「LOVE」がある。二人の関係はとても可愛い。いいなあ、一之輔の『長短』。
二席目は得意の『普段の袴』。 立派な侍の道具屋での言動を見て「大家の袴を燃ーやそっと」と思いつく八五郎の乱暴さ、「大家!大家ぁ!おーやーっ!」と連呼する八五郎に対する大家の「塩撒け!バカが来た!」というツンデレな対応。ここにもやっぱり「LOVE」がある。「祝儀不祝儀」のくだりの突き抜けたバカバカしさ、それに対する大家のリアクション「婆さん、袴出してやれ。充分楽しませてもらった」は一之輔ならでは。店先で「ごめんなさーい」を繰り返す男に対する店の主人の「定吉、許してやりなさい」で始まる道具屋での会話の可笑しさは、一之輔特有の「顔芸」とトーンの使い分けにより空前絶後の可笑しさを生む。到底「侍を真似して失敗している」というレベルではない素っ頓狂な言動の数々、それに対する主人の冷ややかな対応が堪らない。この噺、少し前までは柳亭市馬の独擅場だったけれど、一之輔は別の方向性で「自分のもの」にしている。
小んぶは柳家さん喬一門の二ツ目で、久々に観たら凄く痩せていてビックリ。『三方一両損』は「きっちり演った」という印象。今は基礎作りの段階だろう。自分らしさを今後どうやって出していくのかが課題だ。
一之輔の三席目は『笠碁』。 先月のJ亭でも三三が『笠碁』を演っているが、この噺は「秋の演目」だし、三三と一之輔では演り方が全然違うから「被った」という感じはしない。それに三三の『笠碁』は先代柳家小さんの型、一之輔の『笠碁』は先代金原亭馬生の型という違いもある。もっとも一之輔の場合は特に「独自の演出」の割合が非常に高くて馬生を思い出すことはまったくないのだが。「友達って、そういうものかな」だとか「あっ、今、忘れたって顔した!忘れたらいけませんよぉ~」だとか、一之輔特有の言い回しが頻出するだけでなく、サゲも大きく変えている。そのサゲの仕込みとなるのが「待つ」というキーワードを巡る、二人の幼少期の思い出。「八つの時のことを覚えてますか?裏の空き地で遊んでた時、どっかの野良犬をからかってたお前さんがどっかに行っちゃって、なかなか帰って来なくて、そのうち雨が降ってきて、それでも私はお前さんを待っていたんだ!お前さんはとうとう帰って来なくて、ずぶ濡れになって家に帰って風邪引いて熱出して…おっかさんにどうしたって訊かれて『よっちゃんを待ってた』って…私はずぶ濡れになりながらずーっと待ってたんだ!」それに対して「待つのがマヌケなんだ」と言われたのが決定打となって喧嘩別れする二人。でも最後は「強情なんだから」「二人ともね」と仲良く碁を打ちながら「お前さんに礼を言わなきゃいけない。来てくれてありがとう」「こちらこそ…あの時空き地で待っててくれてありがとう」でサゲとなる。またしても「LOVE」が!! お爺さん二人の「部室落語」、これぞ一之輔の世界!!!