5月20日(木)「J亭スピンオフ 桃月庵白酒・春風亭一之輔二人会」@日経ホール。演目は以下のとおり。
柳亭市好『寄合酒』
春風亭一之輔『短命』
桃月庵白酒『四段目』
~仲入り~
桃月庵白酒『新版三十石』
春風亭一之輔『笠碁』
伊勢屋のお嬢さんの婿が次から次へと亡くなるわけを八五郎が隠居に訊きに来る『短命』。「お嬢さんが美しすぎて、夫婦仲が良すぎて、暇がありすぎるから亭主は短命」という色っぽい理由を生々しく話したくない隠居の遠まわしな言い方が八五郎にはなかなか理解できない可笑しさが前半、八五郎が自分の女房を相手に「仲良し夫婦の食卓」を再現しようとするバカバカしさが後半だが、一之輔の場合、二言目には面倒臭そうに「帰れ!」と言いつつ実は八五郎とバカ話をするのが大好きで、最後は「またおいでよ」と微笑みかけるツンデレ隠居が、八五郎と遊びまくる楽しさが前半の肝。ジャレ合ってる、というか、いっそ「イチャイチャしてる」と言いたくなる暴走っぷりだ。
根気よく隠居が状況を説明し続けた甲斐あって、遂に八五郎は目の前に「ご飯をよそって手渡すお嬢さん」をリアルに思い浮かべることに成功、「ことによると触るのは手だけじゃなく……?」と悟り「仕草はやめろ!」とたしなめられる。ここからの後半も一之輔ならでは。自宅に戻った八五郎が飯を盛ってくれと女房に言うと「あそこに『今月の目標:自分のことは自分でしましょう』って書いたのあなたでしょ! 今日はシール貼れないよ」と叱られる。それでも無理やり飯を盛らせて「“はい、あなた”って渡してくれよ」とクールに決めると、いつになく男らしい亭主に女房がときめく、というのは意表を突かれる展開。実はこの夫婦もすごく仲がいいのだった。(そもそも夫婦でご褒美シール貼るくらいだし/笑)
一之輔は一席目のマクラで“新垣結衣と星野源の結婚”というタイムリーな話題に触れたが、続いて登場した白酒は亡くなった田村正和の代表作『古畑任三郎』に二ツ目の五街道喜助の頃に出演した経験をマクラで語ってから『四段目』へ。使いに出たまま芝居を観に行って遅くなった小僧の定吉が言い訳をする前半、白酒が演じる定吉は見え透いた嘘をつき続けて墓穴を掘る様子が抜群に可愛い。後半で蔵に入れられた定吉が忠臣蔵の四段目を思い出して一人芝居に耽る様子も“子供の遊び”感が出ていて楽しい。
仲入り後に登場した白酒は“寄席という空間”について語り、「かつては東京に寄席がたくさんあって、中には怪しい芸人も……」ということで『新版三十石』へ。浪曲の寄席に出かけた江戸っ子が田舎訛りの酷い浪曲師に閉口する噺で、五代目古今亭志ん生が演っていた『夕立勘五郎』を孫弟子の五街道雲助が作り変えたもの。ひたすら訛る浪曲がとにかくバカバカしい雲助版の可笑しさを、白酒はその個性によって数倍、数十倍にしている。佇まい、動き、表情、口調と、白酒演じる浪曲の先生のすべてが卑怯なくらい可笑しい。途中で入れ歯が外れたりするばかりか、白酒演出ではスマホの着信(マナーモード)に出て孫と会話してしまうのも凄い。呆れ果てた江戸っ子が高座を降りようとする先生に「侠客物は似合わねえよ! 客が舟漕いでるだろ!」と文句を言うと「舟漕ぐかもしんねえ、『三十石船』だから」でサゲ。
一之輔の『笠碁』は碁敵二人のうち、自宅に相手を招いているほうの大旦那が「このあいだ先生に“待ったをすると上達しない”と言われたから、今日は待ったなしで」と言い出して打ち始めるところから描写する先代馬生型。言い出した本人が“待った”をしたいがために、いきなり“何年も前に金を貸した話”を持ち出すのではなく、「友達ってそういうもんじゃないでしょ? 聞いて、聞いて」と甘えるように言い始めるのは一之輔独自の演出。「私達二人は同町内で同い年、小さい頃から仲良く育って共に艱難辛苦を乗り越えて、お互い店を構えてここまで来た」と友情を強調しておいて、「その艱難辛苦は、どちらかというとあなたのほうが多かったかもしれない。その折、私も色々お手伝いをしてきました。だから、そのお返しというか……」と遠回しに恩を着せる。なのに「それとこれとは話が別です。待てません」と言われたことで初めて“五年前の暮れ”の話を持ち出し、「あのとき私が待てないって言いましたか?」と迫るという展開だ。
そこからの言い合いの中で、一之輔は「八つのときのことを覚えてますか? 裏の空き地で学校帰りに二人で遊んでたら、あなたが犬にちょっかい掛けて、追いかけられてどっか行っちゃったけど、私はあなたをずっと待ってた。雨が降ってきて全身ずぶ濡れになりながら待ってて、風邪ひいて熱出したんだ。あそこで私はずっと待ってたのに、この石くらい待てないなんてどういう了見だ!」と、“待った”の大旦那に言わせる。それを聞いて相手は「雨の中で待ってるのがマヌケなんだ!」と口では言うが、実は内心グッと来るものがあったに違いない。だからこそラストで「お前さん、被り笠を取らないままだよ」でサゲるのではなく、「本当だ、私は粗忽だね」「それに、タケちゃんは頑固だ」「お前さんだって頑固だ」「へへへ、似た者同士だね。今日は来てくれてありがとう」「こちらこそ、お礼を言わなきゃいけないと思って来たんだ。あのとき空き地で待っててくれてありがとう」でサゲになる。実にいい話だ。一之輔の『笠碁』は友情を描いた人情噺だと、僕は言い切ってしまいたい。