2026年9月14日(月)「J亭スピンオフ 桃月庵白酒・春風亭一之輔 大手町二人会」@日経ホール
演目は以下のとおり
柳亭信楽『聖夜の奇跡』
桃月庵白酒『松曳き』
春風亭一之輔『茶の湯』
~仲入り~
春風亭一之輔『めがね泥』
桃月庵白酒『木乃伊取り』
開口一番を務めたのは落語芸術協会の二ツ目、柳亭信楽。独創的な発想の爆笑新作で人気の若手だ。この日演じたのは、クリスマスに子供のところにやって来るという男の存在を信じている小学生が、本当にその存在と出会う『聖夜の奇跡』。空想上の存在かと思われた“伝説の男”が実際に現われて少年と会話する噺で、“伝説の男”の呼称が一種の出オチのようでありながら、そのワード自体が強烈であるため、何度もその呼称が繰り返されるにつれて可笑しさが増大していき、遂には大きな笑いに至る。この“ワードの強烈さ”と“反復の可笑しさ”は信楽作品によく見られるパターンで、特にこの『聖夜の奇跡』では、伝説の男の予想外な振る舞いのバカバカしさが、信楽特有の「ヘンな台詞を良い声で堂々と言う」可笑しさと相まって観客を引き込む。ある意味“ネタバレ禁止”な噺なのでここでも伝説の男の呼称を伏せているが、何度聴いても笑える噺であり、実のところ二度目、三度目の方がさらに面白く聴ける。そこが信楽落語の大きな特徴で、その世界にハマるとクセになる、中毒性の高い演者だ。
粗忽な殿様と粗忽な家来が主役の『松曳き』は、先代小さん、先代馬生がごくたまに高座に掛けた以外には立川談志が“イリュージョン落語”として演じたくらいで、昔はむしろ“珍しい噺”だったが、白酒が演じたことで一気にポピュラーな演目になった。白酒の『松曳き』の可笑しさは破格の一言。素っ頓狂な殿様の可笑しさも白酒ならではだが、謹厳実直でしっかり者のように見える田中三太夫の粗忽っぷりが何とも可愛い。こういう三太夫を表現できるのは白酒だけだろう。まさに鉄板ネタだ。
六代目圓生や三代目金馬の演目『茶の湯』を近年さかんに演じていたのが柳家小三治で、一時期はそれこそ「また『茶の湯』か」と追っかけファンが呟くくらいだった。一之輔の『茶の湯』も当初は小三治に近い“普通の演じ方”だったが、二ツ目のある時期から突然“進化”を遂げて、一之輔ならではのハジケた噺となった。ご隠居が定吉にデタラメな作法を教える場面も独特だが、この茶の湯を無理やり広めようとする危険思想に隠居と定吉が目覚め、遂には秘密結社を組織するに至る“暴走”が実に一之輔らしい。ラストで客人に茶の湯をふるまう隠居の台詞のバカバカしさも特筆モノ。サゲに繋げるためのものではなく、この場面そのものの独立した可笑しさを創作した一之輔のセンスに脱帽する。
寄席サイズの軽い泥棒噺の中でも『めがね泥』は珍しい演目だが、一之輔は7年前くらいからこのネタをよく高座に掛けるようになった。前半の「泥棒の親分と新米の会話」の楽しさを大きく広げているのが一之輔の『めがね泥』の特徴で、本来メインである眼鏡屋の場面に行くまでが“仕込み”ではなくむしろ聴かせどころとなっていて、最高に面白い。後半で眼鏡屋の小僧が泥棒を翻弄する場面にも独特な脚色を加えていて新鮮だ。他愛のない噺を聴き応えのある演目に生まれ変わらせる手腕に感服。“将門メガネ”を説明する地の語りの楽しさも一之輔ならではの魅力だ。
吉原に居続けする若旦那を飯炊きの清蔵が迎えに行く『木乃伊取り』は六代目圓生の独壇場とも言うべき演目だった。談志は吉原に現代的な女性を登場させて爆笑を誘ったが、あくまで“談志の個性”ありきの変則的な演出。弟子の談春や志らくはそれをベースにしながら自分なりの『木乃伊取り』をこしらえた。白酒は田舎者の演じ方が抜群に上手い演者で、『木乃伊取り』では清蔵の描き方においてその才を存分に発揮。吉原の座敷に威勢よく乗り込んだ清蔵がまさに「ミイラ取りがミイラ」で綺麗な女性にもてなされてデレデレと骨抜きになっていく様子を最高に楽しく見せてくれる。江戸っ子の鳶頭、遊び馴れた若旦那、甘え上手な花魁など、登場人物を見事に演じ分けているからこそ、清蔵の変貌ぶりの可笑しさが際立つ。白酒の『木乃伊取り』は後進たちにとって往年の圓生版に取って代わる“新たな手本”と言えるだろう。これぞ白酒!という逸品だ。
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