東京の寄席演芸を支える一般社団法人「落語協会」(東京都台東区)の新会長に就任した林家正蔵さん(63)は6月30日、東京會舘(千代田区)で記者会見し、自身が目指すリーダー像について「落語界の古い価値観を変えつつ、伝統の良さは守りたい」と抱負を語った。協会運営では、前座やお囃子方を含め、協会を支える人々が「フラットに話し合える環境づくり」を進める考えを示した。

 ■芸の神様がくれたものを断れない
 
 「『ならない?』『おやりなさい』と言われた声に従う生き方をしてきました。芸の神様が目の前に置いてくれたものをお断りするのは失礼になる。やるだけやってみようと、純粋に引き受けたということです」

 何がなんでも会長になりたいといった、ぎらついた野心が元々あったわけではない。とはいえ、約100年の歴史を持つ伝統と格式のある落語協会を率いる責任は大きい。正蔵さんは会長就任前から「組織のリーダーはどうあるべきか」を考え、サッカー監督や各団体トップ、英国の元首相チャーチルらのリーダー論を本や映像で学んだという。

 ■前座とお囃子方に学んだパラダイムシフト

 その中で強く印象に残ったのが、「パラダイムシフト(価値観の転換)」という考え方だった。

 「私が入門した頃は『前座ごとき』という古い価値観がありました。しかし、副会長を12年間務める中で、前座は高座全体を動かす舞台監督のような存在だと気付いたんです」

 前座やお囃子方は、めくりや出囃子で寄席の進行を支え、その日の高座全体を円滑に動かす役割を担う。正蔵さんは「『前座、お囃子』と一緒くたに軽んじることはできない。それぞれが舞台を支える大切な存在なのだから」と語った。

 そんな気づきを踏まえ、「古い価値観は変えつつ、寄席の10日間興行や『割』といった伝統の良さは守りたい」と強調。「新しい価値観や新しい夢も見ていきたい」と語った。

 ■分裂騒動を乗り越えて

 落語協会には、昭和53(1978)年の分裂騒動という苦い歴史もある。落語芸術協会や五代目円楽一門会、落語立川流など他団体との関係について問われると、正蔵さんは「私が15歳で入門した頃は騒動の真っただ中で、それはそれは大変だった」と振り返った。

 当時を直接経験した先輩たちの苦労を踏まえつつ、現在は空気も変わりつつあるという。正蔵さんによると、「かつては落語協会の稽古場に落語芸術協会、円楽党、立川流など他団体の噺家が入ることは難しかったが、今では協会員が他団体の噺家に教える形であれば認められるようになった」と明かす。

 「分裂騒動の傷跡を直接、リアルに受けていない世代としては、ホールの落語会や地域寄席に行けば、団体は違っても一緒になる。噺家仲間として、今は折り合えている気がします」

 さらに若い20代、30代の世代では、団体の垣根に対する意識も薄れつつあるとみる。ただし、団体の統合や再編を目指すという意味ではなく、「壁が少しずつ取り払われていくのではないか」と、緩やかな関係改善に期待を示した。

◾️キラキラなスター作り

 そうした若い世代への期待も大きい。宝塚歌劇のファンでもある正蔵さんは「スターがほしい。キラキラ、キレキレの人。どんどん出世してほしい」と語り、次代を担う若手の台頭を望んだ。一方で、「50代になって深みが出て、面白くなる人もいる」とも述べ、それぞれの芸の成熟に応じた場づくりにも目を向ける。

 新会長としては、まず新執行部の体制づくりに着手する。さらに、新作落語の著作権をめぐる課題にも取り組む考えを示した。演者や作者の権利をどう守り、次代に継承していくかという現代的なテーマにも向き合う構えだ。

 正蔵さんは強権的に改革を叫ぶタイプではない。穏やかな語り口の奥に、落語界の価値観を少しずつ動かそうとする意志がにじむ。自らの役割については「黒子に徹したマネジメント兼プレーヤー」と表現し、協会員が力を発揮できる環境を整えるリーダー像を示した。(高橋天地)