2023年3月9日(木)「J亭スピンオフ 桃月庵白酒・春風亭一之輔 大手町二人会」@日経ホール
演目は以下のとおり
三遊亭ごはんつぶ『西遊記がやりたくて』
桃月庵白酒『風呂敷』
春風亭一之輔『天狗裁き』
~仲入り~
春風亭一之輔『浮世床(本)』
桃月庵白酒『転宅』
ごはんつぶは三遊亭天どんの弟子。『西遊記がやりたくて』は高校の文化祭で劇をやることになったクラスで演目を決める噺。生徒から出た演目候補は「ハリーポッター」と「白雪姫」だが、担任教師は猛烈に「西遊記」を推していて、その3つから多数決で決めることになる。ごはんつぶの飄々とした芸風が似合う作品。
白酒の『風呂敷』は志ん生や五代目圓楽などが演じた“物知りの兄さん”の知ったかぶりを踏襲することなく、独自の演出にしているのが見事。「女三界に家なし」をこの知ったかぶり兄さんが「女は体力がないから二階までにしか住めない」と説明すると、相談に来た女は「性差別?」と言いつつ「家がない、でいいでしょう? “家なし”って納得できない」と反論。すると兄さんは「家なしの“し”は強調の“し”なんだ」とまさかの主張。「人に言うこと聞かせる時には強く言わないとわからないだろ? この“し”には“わかったかコンチクショー!”って気持ちが込められてるんだよ」と解説すると女は素直に「あ、そういうこと?」と受け入れる。「だから動物園でも猛獣使いを“強調し”って言うだろ」「調教師じゃ…?」「ああいう浮ついた連中は、言葉をさかさまにしたがるんだよ、『ザギンでシースー』みたいな」「それで調強し?」「そうだよ。あとは『過ぎたるは及ばざるがごとし』なんてのもあるよ」「それも強調の“し”?」「そうそう。杉で出来た樽は大事なものだから及び腰で扱っちゃいけない、そういう奴は猿にも劣るぞコンチクショー!ってことだ。まだあるぞ。光陰矢のごとしってのは、工場の工員は矢野さんしか認めないってこと」「同族企業?」……。この、調子に乗った兄さんの「強調の“し”」理論がバカバカしくて最高だ。この“知ったかぶり”パートのオリジナリティはさすが白酒。後半の酔っぱらい相手のやり取りでは、泥酔した亭主の“へべれけな口調”が絶妙で実に可笑しい。
一之輔の『天狗裁き』は最初から最後まで独自の台詞回しに彩られた爆笑編。まず最初に亭主が夢を見てたと主張する女房の「見てないってことは見てたってことでしょ!」と言い放つ強引さが凄い。「どうせつまんない夢見てたんでしょうね! ああ、ヤだヤだ。このしみったれ! 甲斐性なし! 稼ぎが少ないくせに!」と攻めたてる女房に耐えきれず拳を握った亭主に対し、「あ? やる気か? やれんのかよ、震えてるぞ! ほら来いよ、ガラ空きだぞ、やってみろよ婿養子! 臆病者、泣いてんのか?」とノーガードで挑発する女房が最高だ。友だちが仲裁に来てからも女房の強烈なキャラで引っ張るのが楽しい。圧巻は大家のくだりで、「この歳になると何も面白いことはないんだ。棺桶にまで持ってくよ」と言っても「あらすじだけでも! 口に出せないなら絵で」と言っても教えてくれないので、大家は指で狐の顔を作って「聞きたいなー(裏声)」「お前も聞きたいか?」「うん、聞きたい!(裏声)」「じゃあ行きなさい。教えてくれるかもしれないぞ」「教えてくれるかなあ(裏声)」と腹話術みたいに一人語りをはじめ、さらに人差し指と中指の“指人形”をトコトコと八五郎に向かって歩かせる。「ヘンなもんに息吹を与えるなよ!」という八五郎のツッコミが素敵だ。
「教えないなら出てけ」と言われた八五郎が奉行所に訴えると大岡越前は裁きのあと、人払いをして「ねえ八五郎ー! よいではないかー! 奉行は大変なのじゃ! 家内ともうまくいってない! 面白い話が聞きたいのじゃ! おしえてー」と懇願。「見てませんから!」「正直、上からも聞けと言われてるのじゃ! 吉宗が! ねえ教えてくれないと腹斬らなきゃいけないかも…教えてくれれば五百両出すよ…八百両…千両までなら…」「いりませんよ! 土下座とかやめてください、お奉行様! ガッカリさせないでよ大岡様! 泣かないでください!」 それでも教えないので縛られた八五郎を高尾に連れ去った大天狗も聞きたがり、「貴様、死にたいのか!」と脅すと、ヤケになった八五郎は「わかったよ、夢見ました! いい天気でクシャミが出て花粉症だって言ってたら可愛い猫がいたからミィちゃんだねって名前付けて楽しかった」と言うと「つまらん! 嘘をつくな!」と怒る大天狗。それに八五郎もキレる。「なんだよそれ! アッタマきた! だいたい天狗のくせに人間の夢とか気にしてるんじゃねえよ、小せえヤツだな、バーカ! だいたいその顔、鏡で見たことあるのか! よくそんな顔で恥ずかしげもなく外に出られるな! なんだよ怒ったのか、顔真っ赤だぞ、かかってこいよ! ガラ空きだぞ!」と女房さながらに挑発するのも一之輔らしくて愉快だ。
ちなみに柳家さん喬や柳家花緑ほか、東京で多くの演者が高座に掛けている『天狗裁き』はすべて桂米朝の型。もちろん一之輔もである。『天狗裁き』はもともと上方のネタだったが、上方で演り手が絶え、東京で志ん生だけがやっていて、それを息子の馬生も受け継いだ。志ん生の『天狗裁き』では主人公の熊五郎が天狗からは団扇を奪い取って山から脱出、大金持ちの一人娘の婿になり、いざ“お床入り”という段で起こされて「ああ夢か」となる。米朝は、志ん生や馬生を参考に独自のセンスで創作し、上方落語の演目として復活させた。それがあまりに優れているので、東京でも皆が米朝の型で『天狗裁き』をやっている、というわけだ。一方、志ん生の『天狗裁き』をベースに『羽団扇』という噺を作ったのが立川談志で、最後は天狗から羽団扇を奪って逃げた男が空を飛んでいる最中に羽団扇を手放してしまい、真っ逆さまに七福神の宝船に落ちて宴会に参加、ドンチャン騒ぎの最中に起こされて、女房に夢の話をする。談志の『羽団扇』は正月二日に見た初夢という設定で(だから起きた後に女房と夢の話をする)、いつも正月の高座に掛けていた。
一之輔の『浮世床(本)』は太閤記を読まされる源ちゃんと周りの連中の会話が生き生きとして実に楽しい、典型的な“部室落語”だ。「全女か!」、「パリジャンか!」、「受信するな!」、「歌会初めか!」、「アメ横か!」等々、ツッコミの可笑しさも一之輔ならでは。「一尺八寸の大太刀」と読んだのを「そんな短い大太刀があるか!」とツッコまれた源ちゃんが「それは横幅」と言うくだり、大師匠である五代目柳朝は“本文”としてそのままの調子で読み続け、「前が見えないだろ」と言われれば「前が見えるように窓が空いてる」と読み、「矢や鉄砲玉が流れ込んで危ないだろ」と言われれば「危ないからガラスが嵌まってて、その窓を細めに開けると女の子が『ちょいと本多さん、寄ってらっしゃいよ』と……」と脱線していき「姉川の合戦だか女郎買いだかわからねえ」とツッコまれた後、床屋の親方から「おい、お前たちがそこで話してるのを聞いてたら、ここにいた客が銭払わずに帰っちゃったじゃねえか」と話しかけてきてサゲに至るが、桃月庵白酒は「但し書きがしてある」というやり方で「ちょいと本多さん、寄ってらっしゃいよ」に繋げ、「この後、芸者をあげてドンチャン騒ぎ」「姉川の合戦で芸者がいるわけねえだろ」「いや太閤記っていうだけに鳴り物(タイコ)が入ります」でサゲている。
一之輔も「但し書きがしてあるよ、ちょっと読んでみよう」というやり方だが、そこからが意表を突く。「矢や鉄砲が入ってくると危ないよね。だから頑丈な窓には鉄格子が嵌まっているんだよ。その鉄格子の向こうには寂しげな男が佇んでいるんだよ。何かブツブツ言ってるので、ちょっと耳を傾けてみましょう。『ああ、私は今度生まれる時は人間には生まれたくない』『なんで?』『だって人間に生まれると読めない本を声を出して読まなきゃいけないだろ』『じゃあ何になりたいの?』『今度生まれる時は海の底の貝になりたい。そうだ、貝がいい。ああ私は貝になりたい』」「冗談言っちゃあいけねえ」というアクロバティックなサゲ。「私は貝になりたいの一席でした」という急転直下のバカバカしい終わり方、素敵すぎる。
『転宅』は昔で言えば三代目金馬の持ちネタだが、いま演じられている『転宅』はすべて柳家小三治の型がルーツ。五代目小さんの『転宅』を基に磨き上げた小三治の『転宅』があまりに面白かったからこそ、古今亭志ん橋や柳亭市馬をはじめとする優れた後輩がそれを受け継ぎ、『転宅』は今のようにポピュラーな噺となった。白酒の『転宅』は古今亭右朝から教わったものだというが、やはり小三治型がベースとなっている。冒頭、忍び込んだ家で呑み食いしているところをお菊に見咎められても食べたり呑んだりし続けるあたりの意地汚さ、美人の色仕掛けにまんまと乗せられるスケベさ等、白酒が演じると格別に可笑しい。「男友達もいない」というこの間抜けな泥棒は思いがけず美人と夫婦約束して有頂天、「明日来て」という約束を信じてノコノコやって来つつ、お菊と所帯を持ってからの新婚生活のイチャイチャっぷりを妄想して浮かれまくり、女の子が生まれて川の字で寝る光景を夢見て「たまらねえなあ」と大喜び。「お父ちゃんのお嫁さんになるんだ」と言っていた娘が、やがて年頃になって男を連れてきて「娘は君にくれてやる、その代わり一発殴らせてくれ」と“さだまさしみたいなこと”を言うところまで夢想して涙してから、「おかしいな、まだかな」と煙草屋に様子を聞きに入る。この妄想一人芝居の楽しさは白酒の真骨頂で、こういうシーンを挿入したことで可笑しさが何倍にも広がる。白酒ならではの見事な工夫だ。煙草屋から「泥棒と夫婦約束するバカはいませんよね」と言われても、にわかには信じたくないという様子がまた可笑しい。全編、声のトーンと表情との合わせ技が絶妙で、演者としての白酒の個性が『転宅』という噺に新たな魅力を付け加えたと言って間違いないだろう。
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