11月22日(木)「J亭スピンオフ企画 白酒・一之輔二人会」@日経ホール。演目は以下のとおり
柳亭市童『浮世根問』
桃月庵白酒『時そば』
春風亭一之輔『妾馬』
~仲入り~
春風亭一之輔『睨み返し』
桃月庵白酒『幾代餅』
屋台の蕎麦屋で一文ごまかした男を見て、間抜けな男が翌日その真似をして失敗する『時そば』。通常は一件目の蕎麦屋が不景気だと言うのを聞いた客が「飽きずにやらなきゃいけないよ、商いってくらいだから」と励まし、それを真似しようとした男が蕎麦屋に「儲かってます」と言われて拍子抜けするものだが、白酒の『時そば』では一軒目が景気が良くて、二軒目の蕎麦屋は客足がさっぱりで困窮し、家族はひもじさに耐えかねていて、自身は借金取りに追われる身。「飽きずにやりな、商いってくらいだから」と励ますと「飽きずにやってこのザマですよ……」と嘆く。さんざん待たされた挙句に出てきた蕎麦の汁が冷たいのは「客に急かされたから」。客が来ないのも納得の酷さを懸命にフォローしようとする“騙す客”の描きかたが抜群に可笑しい。
一之輔の『妾馬』は八五郎が屋敷で案内される場面や殿様に目通りして三太夫に叱られ続ける場面が単なる“お約束”にならず、粗忽な江戸っ子がお屋敷で戸惑っている楽しさが生き生きと描かれている。殿様に酒を勧められ、存分に飲んだ八五郎が妹お鶴に気がついて、「見違えたよ。綺麗になったなあ。長屋にいた時にアンちゃんがさせてやりたかったけどできなかったことを殿様がしてくれてる」と、綺麗な恰好をさせてもらっていることを素直に喜ぶ。妹思いの兄の心情が明るく描かれていて、実にいい。「お袋も町内中駆けまわって『初孫だよーっ!』って喜んでたぞ」と言った後、「『初孫の顔も見られないのは悔しい』ってメソついてやがったから、今度はお袋も呼んでやってくれねえか?」と言う場面でも湿っぽくならず、あくまで明るい口調で、爽やかだ。
大晦日に借金取りが次々とやって来る『睨み返し』。上り込んで「払うまで一歩も動かない」という薪屋を言い負かして受け取りに判子まで押させて追い返した後、“借金の言いわけ屋”が通りかかり、「二円で一時間」で借金取りを追い返すと請け合う。まずは米屋が来るが、無言を貫く言いわけ屋の、睨むというより“放心したような顔”が何とも不気味で「どこ見てるんですか……?」と怯えまくり、しまいには泣きべそをかいて逃げ帰る。これが、やけに可笑しい。二人目の魚屋が言いわけ屋を一目見た瞬間「ウワッ!」と逃げ去った後、三人目は「斎藤氏の依頼を受けて取り立てに来た」という強面の男。ここで言いわけ屋の“睨み”は数段レベルアップ。「おいっ! 何とか言え! なんだその顔は! 僕はドスの下を何度も潜って男だ! 貴様を殺めることくらい何とも思っておらん!」といくら凄まれても、無言で睨み続ける言いわけ屋。その形相の物凄さは、一之輔の『夢見の八兵衛』に出てくるの死体を思わせるほど。一之輔の“顔芸”が炸裂する一席だ。
搗米屋の清蔵という職人が吉原で全盛を誇る幾代太夫の錦絵を見て恋に落ち、「高嶺の花で会うこともできない」と聞いて寝込んでしまう『幾代餅』。白酒は笑いの多い演出でトントンと進む軽さが身上。“恋患い”と聞いて爆笑する親方夫婦の楽しさは、さすが白酒。おかみさんより色っぽい声を出す“恋患いの清蔵”から、「一年みっちり働けば会わせてやる」と言われて瞬時に男らしく太い美声でキリッと喋る“立ち直った清蔵”への急転の可笑しさも白酒ならでは。一年後、十三両二分を貯めた清蔵、よってたかって身なりを整えてもらい、藪井竹庵に連れられて「野田の醤油問屋の若旦那」という触れ込みで吉原へ。幸運にも幾代と一晩を共にして、翌朝「今度いつ来てくんなます?」と訊かれて真実を打ち明けると、その一途な心に打たれて夫婦約束を。搗米屋に帰った清蔵、「来年の三月」と呼ばれながら仕事に精を出して、遂に幾代が三月にやって来る……この一連の流れにも随所に笑いを盛り込み、ハッピーエンドへ。餅屋を繁盛させたこの二人が三人の子をもうけて幸せに暮らしたというエピローグを地で語り、「傾城に真なしとは誰が言うた、名物幾代餅由来の一席でございました」と締めた。寄席サイズで胃にもたれない軽快な白酒版『幾代餅』、何度聴いても新鮮だ。