2024年3月7日(木)「J亭スピンオフ 柳家三三・春風亭一之輔 大手町二人会」@日経ホール
演目は以下のとおり
三遊亭わん丈『星野屋』
春風亭一之輔『鈴ヶ森』
柳家三三『小言幸兵衛』
~仲入り~
柳家三三『山号寺号』
春風亭一之輔『うどんや』
◇
開口一番を務めたのはこの3月に15人抜きの抜擢で真打昇進した三遊亭わん丈。同じく抜擢(11人抜き)で昇進した林家つる子と共に3月下席の鈴本演芸場から始まって4月上席の新宿末廣亭、中席の浅草演芸ホール、下席の池袋演芸場と、都内の寄席定席での真打昇進披露興行が続く。この日わん丈が演じた『星野屋』は彼がよく高座に掛ける演目で、披露目でもどこかで必ずやるはず。
一之輔の一席目は二ツ目時代からの得意ネタ『鈴ヶ森』。柳家喜多八が抜群に面白く創り上げた『鈴ヶ森』を受け継いだ一之輔は、間抜けな新米泥棒と親分とのバカバカしいやり取りに独自のギャグを次々に投入し、長年演じ続ける中でのアドリブの積み重ねで他に類を見ない可笑しさに到達した。何度となく聴いているのに毎回新鮮に笑わせてくれる。新米泥棒の底抜けの“可愛さ”が一之輔の『鈴ヶ森』の肝で、この新米のトボケた言動にイライラしながらも突き放せず、遂には手を握らせてしまう親分もまた、実に可愛い。
三三の『小言幸兵衛』は師匠の小三治が必ずやっていた「長屋を一回りして小言を言いまくる」場面をカットして、「一回りして帰って婆さんに小言を言う」ところから始めるやり方。この冒頭の場面や「口のきき方を知らない豆腐屋」が逆上して帰った後の婆さんとの会話、「丁寧な口をきく仕立て屋」を歓待する様子など、三三が演じる幸兵衛はどこか愛嬌がある。「心中騒ぎが起こる」と妄想に走ってからもエキセントリックな感じではなく、歌舞伎仕立てになるのは「わかりやすく芝居になぞらえる」という理屈で、その嬉しそうな様子はよほどの芝居好きなのだろう。仕立て屋の一人息子の名はイノブチ・ヨタハチロウ、古着屋の宗旨は真言で「オンガボギャ~」と唱えてからの「右や左の~」でサゲると思いきや、幸兵衛がまさかの発言でオチをつける。ちなみに小三治は稀に「三人目の花火職人」のくだりを演じて「道理でポンポン言い続けた」と本来のサゲまで行くこともあった。
◇
三三の二席目『山号寺号』はごく短い持ち時間でサゲまで行く小品で、昔は立川談志、今は柳亭市馬のイメージが強いネタ。こういうネタを楽しそうに演じる三三の軽やかな佇まいもまた素敵だ。わん丈や一之輔を山号寺号になぞらえる“出演者いじり”は市馬でお馴染みのパターン。一八の「南無三、し損じ」でサゲず、それを見ていた商店街からサゲの台詞が発せられるのは兄弟子の柳家一琴とほぼ同じ(一琴は見ていたのが子ども)で、サゲの台詞も一緒。
毎度、うどんにまつわるマクラも楽しい一之輔の『うどんや』。2021年11月の「落語一之輔 三昼夜再び」でネタおろしして以来頻繁に演じ、“冬の一之輔のネタ”としてすっかり定着した。絡んでくる酔っぱらいの面倒臭さとうどん屋のノリの良さに一之輔の個性が存分に反映され、「仕立て屋の娘の婚礼」を巡るやり取りがどんどん面白くなっている。散々付き合わされた挙句、水飲んで帰ろうとする酔っぱらいに「うどんは嫌い」と言われてカチンときたうどん屋が「あんた、仕立て屋のミー坊が小さい頃『好き嫌いしちゃダメ』って言ったんでしょうが!」とツッコむ可笑しさはネタおろしの時点ですでにあったものだが、そのやり取りもその都度いろいろと変化するのが一之輔の真骨頂。熱い鍋焼きうどんを食べる場面もリアルで飽きさせない。逸品だ。