広瀬和生の「J亭を聴いた」 J亭スピンオフ桃月庵白酒・柳家三三 大手町二人会(令和6年7月分)

2024年7月18日(木)

「J亭スピンオフ 桃月庵白酒・柳家三三 大手町二人会」@日経ホール

 

<演目は以下のとおり>

 春風亭いっ休『百歳万歳』
 桃月庵白酒『万病円』
 柳家三三『盃の殿様』
   ~仲入り~
 柳家三三『蟇の油』
 桃月庵白酒『不動坊』


開口一番を務めたいっ休は春風亭一之輔の三番弟子で、昨年11月に二ツ目に昇進している。基本的には古典の演者だが新作落語にも取り組んでいて、この日演じた『百歳万歳』もそのひとつ。

百歳を迎え「元気なうちに皆さんとお別れを」と生前葬を行なった男に、5歳の玄孫(孫の孫)のタッくんが「もう死んじゃうの?」と心配そうに言うと、「いや、まだまだ元気だよ。でも、もう百年も生きたから思い残すことは何もない。まあ、タッくんが大人になるのを見届けられないのは心残りじゃが」と言うと、タッくんは「やだやだ、あと百年は生きてよ!」と言う。心温まる光景だが、これが発端となって想像を絶する展開が…。生前葬を行なった男とその玄孫タッくんの会話だけで進行するシンプルな構成の中にトボケた台詞が満載で、実に面白い。「人並み外れて長生きをする男」というテーマを絶妙な台詞回しで爆笑編に発展させたいっ休の才能に、将来が楽しみになる。

白酒の一席目は『万病円』。湯屋や餅屋で横柄な屁理屈で無茶を押し通した侍が、紙屋の主人は屁理屈に屁理屈で返し、一本取られた侍は悔しさを晴らそうと、薬屋の「万病円」という貼り紙を見て「昔から病は四百四病と決まっているぞ。いつ増えた」と難癖をつけるが、店主は薬の名にある数を足して「万」を超そうとする、という噺。他愛のない噺だが、落語らしい落語でもあり、白酒が軽く演じると風情があって楽しい。「江戸の庶民にとって侍は厄介な存在だった」ということを笑い飛ばす噺であり、それが白酒に似合っている。

吉原で花扇という花魁に夢中になった殿様が参勤交代で国許へ帰らなければならず、別れの盃を酌み交わし、その思い出が忘れられない殿様は三百里も離れた江戸まで盃を届けさせ、花扇がそれを飲んで御返杯……という殿様ならではの贅沢な遠距離恋愛を描く『盃の殿様』。個人的には三三の兄弟子に当たる亡き柳家喜多八が得意とした噺(喜多八自身「一番好きな自分の十八番」としていた噺)という思いが強い演目で、飄々とした喜多八の語り口が懐かしく思い出される。往々にしてそういう場合、目の前の演者の高座をついつい比較してしまいがちだが、三三は持ち前の達者な語り口と丁寧な描写で“三三落語の世界”へと誘い、喜多八の演目だったことを忘れさせてくれる。

気鬱の殿様が、茶坊主に見せられた花魁の錦絵に惹かれて御意見番の渋い顔を尻目に吉原に通い始める前半を、飽きさせないばかりか聞き手を引き込んでいくのが三三の素晴らしいところ。自由な発想で独自の台詞を織り交ぜた御意見番の弥十郎と殿様の会話の楽しさは格別だ。国許で花扇を懐かしく思う殿様の可愛さも三三ならではで、三百里も隔てた盃のやり取りが実に微笑ましい。盃を運搬する家来の早見東作が箱根で大名行列に出会ったことで、どこの誰ともわからないその大名へ盃を届けろと言われた東作が行方不明になる、というのが従来のサゲだが、三三は他の大名を登場させず、東作はあくまで江戸と国とを往復し続け、それを周囲が不憫に思ったところから現代のリニアモーター計画が生まれた、という意表を突くサゲへ。これを三三が考案してサラッと言うのが素敵だ。

『盃の殿様』をみっちり演じた三三は仲入りを挟んで『蟇の油』へ。正攻法にあっさりと……と聞いていたら、酔っ払った蟇の油売りが白酒を引き合いに出すという、いい意味での“悪ふざけ”が飛び出したのも嬉しい。最近の三三はこうした自由さが顕著で、噺家として一段上のステージに上がった気がする。次に出てきた白酒はそれを受けて「こう暑いと三三さんでも投げやりになるんでしょうな。いわば“人間”三三を見た、という高座で」といじって笑わせたが、若い頃から“正攻法”という表現を背負ってきた三三は今、演者として一段上のステージに上がった気がする。

『不動坊』は滑稽噺にしては長い噺なので、工夫しないとそれぞれの場面が“お約束”になってダレてしまいがちだが、白酒の『不動坊』は前半が仕込みにならず、あまりにバカバカしくて素敵なので、ダレる余地がない。惚れていたお滝と夫婦になれることになって「お滝さんが来る」という歌を作ってしまう吉兵衛の浮かれ方は尋常ではなく、湯屋で見ず知らずの他人を強引に巻き込んで独り芝居ならぬ二人芝居をしてしまう可笑しさは白酒の真骨頂。ここまでバカバカしい“湯屋の吉兵衛”は空前絶後だ。こんなやり方ができる演者は白酒をおいて他にない。

後半の“ヤキモチ焼き三人組”の幽霊騒動ではチンドン屋の万さんが立役者だが、白酒が演じる万さんの“天然”っぷりは別格で、お馴染み焼酎火のくだりでの万さんの勘違いも白酒が演じると新鮮に可笑しい。幽霊役の噺家のトボケた台詞(「へっついの妖精みたいになっちゃう」等)も終盤を盛り上げる。幽霊の「足つった!」には意表を突かれて大笑い。長さを感じさせない軽快な『不動坊』を満喫した。

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