「落語家とは『職業』ではなく『生き方』である」
打ち上げの席でとある師匠が仰った言葉です。その師匠はこの哲学を全うしているらしく、確定申告の際、職業欄に「無職」と書いて提出をするそうです。
「なるほど、この人は落語家しかできないなぁ」
なんて心の中で思ったものです。
プロの落語家として活動をさせていただいておりますが、プロとはなんなのでしょうか。
今日はそんなお話。
「むさしや」
新橋のニュー新橋ビルの中にある老舗のオムライス屋さんです。
ニュー新橋ビルは通称「おじさんの聖地」と言われている場所でございまして、ご婦人にとっては少し居心地の悪い場所だそうです。
ビルの外観は小ぎれいで商業施設であることが一目でわかります。いざ入ってみますと、なんとも言えない明るさが出迎えてくれます。蛍光灯の無機質な明かりが絶妙に暗い。
それに加え、別に汚れているわけではないんですが。その明るさのせいでしょうか。どことなく清潔感がないような気がしてしまいます。
そして、ビルの正面から入るとまず目に入るお店は金券ショップです。ガラスケースに並べられた新幹線のチケットを熱心に眺めるおじさんたちを横目に真っ直ぐ歩いていきますと、人がたくさんいる訳ではないのに、なんとも言えない圧迫感を感じ始めます。
天井が低いのです。気のせいか酸素が薄い気がする。人によってはそろそろこの建物から出たいなと感じ始めるころ、現れるのが「むさしや」さん。10席ほどのカウンターのみのお店で、通路とお店の仕切りはすだれだけです。友達と一緒に行っても高確率で隣には座れないであろうことが外観だけで伝わってきます。
平成生まれの僕ですら分かる昭和の匂いがあふれる「むさしや」さん。
ここのオムライスが絶品なのです!
チキンライスを卵で包むタイプの昔ながらのオムライス!
きれいに包まれたオムライスの上にはケチャップ。その横にはキャベツとちょっと太麺のナポリタンが添えられており、昔ながらのオムライスと言えばこれ!というお皿が運ばれてきます。
少し大きめのスプーンをオムライスに入れてみると、スプーンを持っている手からすでにおいしさが伝わってきます! それを口いっぱいに頬張る! この手の料理はちびちび食べてはいけません! 口に入れたと同時にバターの香りがふわっと広がります! 卵のふわっと感とチキンライスのしっとり感、ケチャップの甘味!
オムライス特有の優しさに包まれるようなあの感覚です。
お次はナポリタンです。
これもまた口いっぱいに頰張ります! しっかり味付けされた濃いめのナポリタン。「アルデンテ? 何それ?」と言わんばかりの柔らかい麺が本当にうまい!
そしてキャベツ。ドレッシングなんてものはかかっておりません。
そう。少なめのマヨネーズ! これぞ昭和!
このお皿全体を通して言葉にするのはやぼってもんでしょう。
おいしいオムライスを想像してください。
はい、それです。
オムライスとナポリタンとキャベツを無造作に頰張り続ける。
料理が全て無くなった代わりに残るのは幸福感…。
それが「むさしや」のオムライス!
これほどシンプルなのだから家でもつくれるのではないかと勘違いをしてしまいますが、いざつくってみると、見た目はまねできてもその味には遠く及ばないものが出来上がります。
これがプロの技なのでしょう。
落語家になろうと決めたとき、自分ならできるのではないかと思い入門をしましたが、いざ高座に上がってみると、そのあまりの難しさに「おい。噓だろ?」と感じたことを覚えています。同じ着物を着ていても、完成されたそれには遠く及ばないのです。
きっと、「むさしや」さんのオムライスも長い時間をかけて今の形になったに違いありません。そんな時間のこもったプロのオムライス。ぜひご賞味ください!
私の師匠のお言葉で「面白くない芸人は詐欺師と同じだ」というものがあります。
「面白いことをしますよ」と宣伝をして、お客さんを呼んでいるのだからそうでない場合は詐欺をしているのと同じだ。ということらしいです。
そこ行くと私は…
セミプロですかね(笑)
2022年、今年もよろしくお願いいたします。