2014年の「落語一之輔一夜」から始まった東京・よみうり大手町ホールでの春風亭一之輔ネタおろし独演会シリーズ。2018年の五夜連続ネタおろし「落語一之輔五夜」の後、2019年の「落語一之輔七夜」、2020~2022年の「落語一之輔三昼夜」を経て、2023年11月からは春と秋の「落語一之輔春秋三夜」となった。2024年11月に開催された「落語一之輔春秋三夜2024秋」の演目は以下のとおり。
<第一夜>11月28日(木)
春風亭いっ休『替り目』
春風亭一之輔『転宅』
春風亭一之輔『松竹梅』
~仲入り~
春風亭一之輔『芝浜』
<第二夜>11月29日(金)
春風亭与いち『胴斬り』
春風亭一之輔『新聞記事』
春風亭一之輔『木乃伊取り』
~仲入り~
春風亭一之輔『帯久』
- <第三夜>11月30日(土)
春風亭㐂いち『ふぐ鍋』
春風亭一之輔『子ほめ』
春風亭一之輔『万両婿』
~仲入り~
春風亭一之輔『文七元結』
今回の「三夜」で一之輔は一席目に「今年よく高座に掛けて自分のものになったと感じている演目」、二席目がネタおろしで、三席目のトリネタには人情噺を演じた。この構成については初日の高座で一之輔自身が明かしたものだ。
<11/28 第一夜>
『転宅』はまさに「今年一之輔らしい噺に化けた演目」の筆頭。随分前から持っていたネタだが、今年5月の「真一文字の会」(一之輔が長年続けている勉強会)でまったく新しい演出を披露、爆笑の渦を巻き起こした。お菊の「呼び捨てにして」のくだりで飛び出す、過去の落語家が誰一人思いつかなかった意表を突く台詞は何度聞いても新鮮に可笑しい。お菊と夫婦約束していい気になった泥棒が新婚生活を思い浮かべる妄想も独特で、特に今回の「春秋三夜」ではアドリブでどんどんエスカレート、前代未聞の長い妄想一人芝居となった。この“暴走”っぷりこそ一之輔の真骨頂だ。
二席目ネタおろしは町内の松さん・竹さん・梅さんが出入りのお店の婚礼に招かれ、祝儀の余興を隠居に教わる『松竹梅』。落語ファンにはお馴染みの演目だが前座噺の印象が強く、普通にやったらあまり面白味のない噺だが、一之輔は松・竹・梅の三人のボケっぷりを大きく広げ、独自の演出を豊富に盛り込んで実に楽しく演じた。この噺、途中の「亡者になられた」でサゲる場合が多いが、一之輔は「無事お開きになった」のサゲまで。この最後の場面にもヒネリが利いている。『松竹梅』をこんなに楽しく聞かせてくれる演者も珍しい。とても初演とは思えない、一之輔らしい噺に仕上がっていた。
三席目の“人情噺”は『芝浜』。『芝浜』というと魚屋の勝五郎が女房に起こされた早朝に芝の浜へ行って海の中から革財布を拾う場面を丁寧に描く三代目桂三木助や立川談志の演出が広く知られているが、一之輔の『芝浜』は古今亭志ん朝の型。魚屋の名は熊さんで、起こした亭主を送り出した女房が朝の用事を済ませウトウトしているところに亭主が帰宅して財布を拾った経緯を語る。大金を拾って大喜びの亭主が酒を飲んで寝た後、再び起こされて湯屋へ行き、友達を大勢連れ帰って酒盛りをする場面をリアルタイムで描くのも志ん朝の型で、三木助や談志はこの「友だちと豪勢に飲み食いする」場面をリアルタイムで描かず、もう一度酔って寝た亭主を起こした女房の台詞で語られる。
一之輔は『芝浜』を「市井の夫婦のいい話」として気持ちよく聞かせてくれる。三年後の大晦日に女房が告白する場面でも必要以上に湿っぽくせず、その告白を聞いた亭主の態度もサバサバしていて好ましい。程よく笑いも交え、スッキリと後味のいい素敵な『芝浜』だった。
<11/29 第二夜>
『新聞記事』は戦前に活躍した昔昔亭桃太郎(先代)が上方落語『阿弥陀池』をベースに創作したもので、桃太郎没後は四代目柳亭痴楽がよく演じてポピュラーになった。以後多くの演者が高座に掛けているので落語ファンにはよく知られた噺だが、一之輔の『新聞記事』はまったく別モノ。隠居から仕入れたネタを八五郎が披露しようとして失敗するくだりのバカバカしさがケタ違いで、ほとんど“改作”に近い。本来はごく軽いネタだが、演者自身がノリにノッて八五郎が暴走する一之輔の『新聞記事』の持つパワーはトリネタとして充分通用する。次から次へと繰り出されるギャグは「落語で遊んでいる」かのようで、僕はこの噺こそ最も一之輔らしい演目ではないかと思っている。やる度にパワーアップしていて、今回も新しいフレーズがアドリブで飛び出した。なお、従来の『新聞記事』のサゲは八五郎に話を聞かされた男が「その話には続きがあるのを知ってるか?」と逆襲して駄洒落でオチをつけるという展開で、一之輔の衝撃的なサゲとはまるで異なる。
二席目ネタおろしは吉原に居続けしている大店の若旦那を飯炊きの清蔵が迎えに行く『木乃伊取り』。四代目三遊亭圓生から四代目橘家圓喬、五代目圓生と受け継がれ、戦後は六代目圓生の独壇場だった演目。その下の世代では立川談志が早くから手掛け、現代的な女性を登場させる独特な演出を施した他、柳家小三治は圓生直系の『木乃伊取り』を演じている。一之輔は圓生以来の型を継承しつつ随所に独特な演出を交え、演者自身の個性を前面に出した演技で楽しく聞かせる。特筆すべきは清蔵の可愛らしさ。無骨で田舎者丸出しの清蔵をここまで愛すべき人物に描けるのが一之輔の持って生まれた才能であり演者としての魅力そのものと言えるだろう。ネタおろしとは思えないくらい“一之輔の噺”として完成されている『木乃伊取り』だった。
三席目の“人情噺”として披露した『帯久』は元々上方の『指政談』というネタで、二代目桂文枝の速記を読んだ六代目圓生が、舞台を江戸に移して創り上げた演目。こしらえた圓生自身が「難しい噺でなかなか手をつけられなかった」というくらいで、圓生以降この噺を得意ネタとして高座に掛ける演者は立川志の輔くらいしかいなかったが、一之輔は2018年の「落語一之輔五夜」でこの『帯久』を初演。今回の高座を観て、もはや完全に“一之輔の演目”となったと確信した。善人である和泉屋与兵衛と悪人である帯屋久七との対比を見事に描き、大岡越前の名裁きでスカッとさせてくれる。なお、圓生の『帯久』のサゲは「与兵衛、還暦か。本卦(ほんけ)だのぉ」「いえ、分家の居候でございます」だが、少々わかりにくい。そのため志の輔は「見事なお裁きありがとうございます」「なに、相手が帯屋、キツめに締めておいた」という独自のサゲを考案したが、一之輔もまた別のサゲを新たに考案している。
<11/30 第三夜>
一席目『子ほめ』は落語ファンなら聞き飽きている前座噺だが、一之輔は今年この噺に新たなサゲを考案した。通常の「半分でございます」を通り越して至るオリジナルのサゲが初登場したのは僕がプロデュースしている渋谷道玄坂寄席(9月9日)で、一之輔は「さっき楽屋で思いついた」と言っていた。この意表を突く新たなサゲを抜きにしても、一之輔の『子ほめ』は全編とても面白く、新鮮に笑わせてくれる。落語は「演者が魂を吹き込むことで生まれ変わる」ということを立証する一席だ。前半の隠居と八五郎の会話は一之輔の『短命』や『千早ふる』に通じるものがあり、今年生まれた新たなサゲは、この一之輔落語における「隠居と八五郎の関係性」なくしては成立しない。ちなみに一之輔はもうひとつ別の“新たなサゲ”(色の黒い男がまた出てくるパターン)も思いついたそうだ。
『万両婿』は講釈ネタで、六代目圓生がこれをアレンジしてサゲを付け『小間物屋政談』という落語にした。五代目三遊亭圓楽が演じたことでポピュラーになった噺で、『小間物屋政談』という演題のほうが落語ファンには親しみがあるはず。今回一之輔がネタおろしした『万両婿』は「小四郎が小間物のことになると夢中になってしまう」という珍しい設定で、お裁きでも小四郎が「財産や美女より“珍しい簪(かんざし)”に目が向く」という独特な展開になっているが、これは五代目圓楽一門会の三遊亭萬橘が考案したオリジナル演出。ただし、萬橘は再婚した小四郎が女房の尻に敷かれて終わるが、一之輔は突拍子もない展開に持っていった。このトンデモなサゲを思いつくのが一之輔の素敵なところ。ちなみに一之輔はかつて『浜野矩随』(五代目圓楽十八番)も萬橘に教わっている。
この「落語一之輔」シリーズは10年前『文七元結』のネタおろしで始まった。以来、この噺を何度も一之輔で聞いていて、やる度に完成度が増していたが、今回の『文七元結』は一皮むけた感がある。そもそも『文七元結』という噺は「大事な娘が自ら吉原に出向いてこしらえた大事な五十両を赤の他人にくれてやる」という行為に共感できるか否かが大きなポイントだが、一之輔は今回、「見ず知らずの、関わり合いのないあなたから五十両なんて大金をもらうわけにはいかない」と言う文七に対し、長兵衛に「死ぬっていうのを止めて、こうやって目を見て話しちゃったんだから、見ず知らずじゃないだろ! 関わりないなんて言えねえよ!」という言い方をさせた。この台詞は初めて聞いたが、とても説得力がある。少なくとも僕は、ここに長兵衛の心根の優しさを感じ、娘お久の将来より目の前の男を優先させてしまう行為にも納得してしまった。この台詞に説得力があるのは、一之輔の腹から出ている台詞だからだ。まさに「演者が消えて長兵衛と文七がそこにいた」のである。
『文七元結』は歴代の様々な演者が個性豊かなアレンジを加えているが、一之輔は「お久が長兵衛の先妻の子」である設定を含め、基本的に六代目圓生の流れを汲む型。佐野槌の女将が長兵衛に渡す財布が「亡くなった旦那の着物の端切れでこさえたもの」というのも圓生の『文七元結』にあった設定で、一之輔はこれを膨らませて「旦那はお前のことを可愛がっていた」と言わせている。この佐野槌の女将の描き方も素晴らしい。 今回の高座は大団円となる長兵衛宅での場面も際立っていた。文七に再会した長兵衛は「生きてた……よかった! やった甲斐あったよ。俺、心配してたんだぞ、あの後! 生きてたかあ……馬鹿野郎、よかったな!」と嬉し泣きしている。そういう長兵衛だからこそ、吾妻橋で五十両やったのだと、ここでもまた納得させられた。程よく笑いを交えて後味も爽快な逸品。この高座を観て、一之輔が演者としていよいよ円熟期に差し掛かっていると実感した。「落語一之輔」が始まってからの10年間での成長ぶりを凝縮したような『文七元結』。感無量の名演だった。
落語一之輔/春秋三夜 2024秋
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ご購入後、視聴ページに記載のURLからご覧いただけます。
※第三夜のみ順次公開
■視聴券
第一夜 12月12日(木)10:00まで販売 18:30まで視聴可
第二夜 12月13日(金)10:00まで販売 18:30まで視聴可
第三夜 12月14日(土)10:00まで販売 17:30まで視聴可
▷視聴券=2,000円
▷視聴券(グッズ付)=5,000円(送料・手数料込)
■全3公演通し券
販売期間:~12月12日(木)10:00
配信期間:各公演の配信期間に準じる
▷全3公演通し視聴券=5,600円
▷全3公演通し視聴券(グッズ付)=8,500円(送料・手数料込)
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